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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2008050002 ジークムント・フロイト 幻想の未来/文化への不満 1930 オーストリア 光文社古典新訳文庫

評者:発起人    評価:8  読了日:2008/05/07  公開日:2008/05/08

精神分析によるキリスト教文化・社会の批判−「治療」の道を示す

  フロイト文明論集@と帯に書かれた本書には『幻想の未来』(1927)、『文化への不満』(1930)そして『人間モーセと一神教(抄)』(1939)が収められている。翻訳は中山元(1949-)。

 『幻想の未来』でも『文化への不満』でもフロイトは宗教一般、なかでも西欧社会に大きな影響力を持ってきたキリスト教を批判する。合理的な立場からの批判はまあ当たり前のことを言っている。つまり物理的にありえないことが宗教の根底にあるという点である。

 フロイトの批判の真骨頂は自らが創始した精神分析という個人の神経症の治療のために編み出した理論・手法を社会にも適用して分析し、歴史学なども援用しながら宗教を根源的に克服する道を示そうとしたことにある。(もちろん宗教の意義も評価した上でのことである。)

 しかしいったい個人の問題を社会にこのように当てはめてもいいのかという疑問を消すことはできない。またフロイトの時代の人類学・歴史学的知見が現在でもフロイトの仮説を支持するものなのかという疑問も当然湧いてくる。いやそもそも精神分析ってどうなのよ?今でも役立ってるの??などとも思うのである。

 またキリスト教の影響が少ない日本で育っている私には「源父殺し」だとか言われても迫ってくるものがないのである。ユダヤ教、イスラム教などを含めた一神教的世界とは共通するところもあるのだろうが、すぐに肯けない点も多いのである。

 人間が意識しない無意識の領野こそ広大であって表面に出ないがゆえに引き出していく必要があり、それが神経症などの治療に成果を挙げた(トラウマ=心的外傷の認識)のだという自信が フロイトにはあったのだろうが、現実に宗教は「治療」されていない。

 フロイトがこれらの作品を書いた時点ではまったく新しい視点だったのだろうと思う。その論理展開の鋭さや(不謹慎だが)「面白さ」は特級である。知的な興奮を今でもかきたてる読み物である。さらに現代でもやたらに使われるエディプス・コンプレックスやトラウマなどという本来の意味を知ることも重要である。何よりも大胆な仮説提起/発想力がすばらしい。

 これから先は自分で現代への展開を別のソースから知るほかないのである。すべてをフロイトのせいにしてはいけないのである。

 『人間モーセと一神教(抄)』については私はすでに『モーセと一神教』(渡辺哲夫訳、ちくま学芸文庫)を読んで感想を載せている。フロイトの五人姉妹のうち四人までが収容所やゲットーで死んだというのははじめて知った。


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