感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2008040001 藤沢周平 時雨みち 1981 日本 新潮文庫

評者:発起人    評価:9  読了日:2008/04/05  公開日:2008/04/05

胸を揺さぶる傑作集 −映画「山桜」の原作を所収!

  当サイトの記念すべき500冊目の感想文である。

 数多くの名作を残し、映像化も途切れることのない藤沢周平(1927-97)が1981年に刊行した(青樹社)短編集で表題作を含め11編が収められている。

 いずれの作品も頭と心にスッと入る文章と筋書きで登場人物たちの心理が自分のことのように感じられる。生きることに絶望しながらも、やけにならずに、これらの作品のような劇的展開はあまりないかもしれないが、私も生きていくのだ・・・などという気分にさせるのである。うん、よくわかるよ、こういういことはあるねと思うのである。胸を揺さぶるのである。

 しかし作者は安易な解決やハッピーエンドを用意していない。起承転結の結がないまま読者はいきなり物語が断ち切られたような印象を受けたまま現実に放り出されるのである。これは当然意図的なものである。この手法がこれらの作品をいっそう印象深いものにしている。

 どの作品もすばらしい出来上がりである。以下は私の心覚えのために記す。ネタバレまではいってないとは思うが、じっくり楽しみたい方は読まないほうがいいと思うので注意。

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「帰還せず」:公儀隠密(=幕府のスパイ)の塚本半之丞(はんのじょう)は加治藩での任務を終えて江戸に戻った。しかし加治藩から分かれた小出加治藩に送り込まれていたという同じ隠密の山崎勝之進が帰還していない。半之丞は山崎の生死を確認し、捕らえられているなら救出、本人の意思で帰還していない時は消せという命を受け再び加治藩・小出加治藩へ向かうが・・・。

「飛べ、佐五郎」:新免佐五郎は追われている。故郷の小藩で「誤解」から斬りかかってきた貝賀助佐衛門という男を返り討ちにしたのである。すぐ藩を脱出した佐五郎はその後各地を転々とし、助佐衛門の弟・庄之助たちから逃れ、今では江戸の裏店でおとよという小料理屋ではたらく女のやっかいになって隠れている。ところが庄之助は江戸で重病にかかっている・・・。

「山桜」:野江は最初に嫁いだ夫に先立たれ、一年ほど前に今の磯村家に再嫁したが、夫・庄佐衛門にも家風にもなじめないでいた。実家の近くに咲く山桜をの枝を手折るとき助けてくれたのが手塚弥一郎という長身の武士だった。手塚は野江の心にさざなみを立てたが、その手塚が城中で名門の組頭を刺殺してしまう・・・。

 さて、この作品は映画化(篠原哲雄監督、田中麗奈、東山紀之、篠田三郎、壇ふみなど出演)された。4月山形県先行公開、5月全国ロードショーである。

「盗み喰い」:政太は根付師玉徳の職人である。弟弟子の助次郎は天才的な腕を持っているが、労咳(結核)持ちで酒・金・女にだらしない。政太はなにかと助次郎の面倒を見てやっている。「あいつにはほうっておけないようなところがあるからな・・・」。あるとき政太は夫婦約束をかわしている(つまり婚約者)のおみつに病にふせる助次郎の世話を頼んだ・・・。

「滴る汗」:荒物屋の森田屋宇兵衛は手広く商売をし、城中には瀬戸物を納め、藩士たちに金を貸し、賄賂をつつむ。ところが宇兵衛は祖父の代からの公儀隠密なのである。徒目付の鳥屋(とや)甚六から、藩内に公儀隠密が潜んでいる、逮捕は時間の問題だと耳打ちされる。宇兵衛は証拠隠滅を図るが・・・。

「幼い声」:櫛職人の新助は短気だが腕はたしかだ。親方にも娘のおゆうにも気に入られているようだ。ところが子どものころ住んでいた長屋の隣りに住んでいたおきみが男を刺して牢屋に入ったという。新助は五つぐらいのときのおきみの「新ちゃん、またね」という幼い声を思い出し、何か今のおきみにしてやりたいと思ったのだが・・・。

「夜の道」:おすぎは雪駄職人幸吉との縁談がまとまり、実家の裏店(うらだな)で準備をしている。そこへ現れたのが糸問屋・伊勢屋のおかみ・おのぶである。おすぎが、幼いときに生き別れた娘・おすみにそっくりなのだという。おすぎはたしかに迷子を今の親が引き取って育ててきたのである。しかしおすぎにはどうしてもおのぶの言うような記憶はない・・・。

「おばさん」:およねは亭主の兼蔵に先立たれた。子どももなく、もうすぐ四十になるおよねは笑いを忘れ、同じ裏店に住む隣近所との付き合いも避けてきた。そこに現れたのが行き倒れになっていたのをおよねが助けた親子ほども歳の違う若者、忠吉だった。およねは忠吉を家に住まわせるが・・・。

「亭主の仲間」:おきくの亭主の辰蔵が家に連れてきたのが安之助という日雇い仲間の若者だった。辰蔵夫婦は三年前までは小さい店を持っていたのだが、借金ですべてを失い今では裏店に住んでいる。安之助は男ぶりもよく、気持ちのいい笑顔を見せる。ところがしだいに家へくるたびに金をせびり始めるのである。ホラー色濃い作品である。

「おさんが呼ぶ」:「おさんは紙問屋伊豆屋の下働きである。・・・歳は十九」、しかし唖者ではないがほとんどまったくと言っていいほど口を聞かない。でも働き者で一日中台所にいる。紙漉が主な産業である故郷の村の期待を背負って出てきた紙漉屋の兼七は伊豆屋経由の販路を確立しようと毎日江戸をかけまわっている。おさんは民蔵という兼七にとっての競争者が手代に取り入っているのを聞いてしまう・・・。

「時雨みち」:機屋(はたや)新右衛門は「やり手の商人」で大きな成功を収めている。ところが若いころの奉公人仲間の市助に一年ほど前からほぼ原価で商品を供給してやり、金も貸してやっていた。新右衛門にとってはどちらもたいした金額ではない。しかし市助には礼儀がない。そんな市助が持ち出した話が新右衛門が昔すてたおひさという女の零落した現況だった・・・。


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