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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2008030004 | イアン・マキューアン | 贖罪 | 2001 | イギリス | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:10 読了日:2008/03/19 公開日:2008/03/20
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小説の魅力を堪能!文句なしの大傑作!−映画「つぐない」の原作 |
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読み始めてどんどん引き込まれ、小説なのにイメージが脳裏に明瞭に描き出され、登場人物たちの愛憎、喜怒哀楽を自分のことのように感じさせる。 ここには朝起きたら虫に変身していたとか、太陽がまぶしかったから人を殺したとか、死者がよみがえって話をするとか、現実を拒否・解体するかのような二十世紀以降の文学で一般化した技法はない。 、第一部、きわめて穏やかにこの作品は幕を開ける。1935年の夏の一日。イングランドの田舎にあるタリス邸で演じられる愛憎のドラマで大きな役割を果たす末娘のブライオニー(13)は演劇や物語を創作するのが好きな少女だった。 従姉弟のローラ・クウィンシー(15)とジャクソンとピエロ(9)の双子が、兄のリーオン(25)とその友人で実業家のポール・マーシャルがタリス邸にやってくる。常に体が不調で部屋に閉じこもっている母・エミリー、ケンブリッジを卒業したばかりの姉のセシーリア(21)、そして幼なじみでケンブリッジを優等で卒業した青年ロビン・ターナー・・・これらの登場人物たちがある悲劇を演じる。 文体も会話も十九世紀以前の古典的な小説技法に基づいていて、ここでブライオニーが犯す「罪」をつぐなうことがこの小説の題名の第一の意味となる。 一転して第二部は1940年、北フランスに展開した英軍がドイツ軍に敗走しダンケルクへ撤退する悲惨な行軍の中にロビン・ターナーがいた。彼の視点からリアルに敗軍の実態が、死が、痛みが描かれる。トルストイの『戦争と平和』を思い起こさせる、迫力のある描写である。1935年の事件で将来と夢を奪われたロビンは愛のためにひたすら生き延びてダンケルクから英国へ戻りたいのである。 そして第三部は同じ1940年、見習い看護婦として訓練を受けるブライオニーは対独戦に備える戦時下の英国を背景に第一部で起きた事件のつぐないをしようとする。大量の戦傷兵の治療(処理)を体験したブライオニーは個人的な贖罪の行動を決心する。 第三部に続く「ロンドン、一九九九年」と名づけられた部分で読者はこの小説全体の仕掛け、推理小説で言えば大どんでん返しに驚愕しまた前のページを読み直すのである。そして第一部のはじめから目立たない形で伏線が紛れ込んでいることに気づいてさらに感心するのである。最初に現代文学の「仕掛け」はない、と書いたがやはり現代の小説、過去の小説の歴史をすべて踏まえて書かれているのである。 その意味でやはりこの作品も小説についての小説というあの自己言及性というやつを持っている。 「小説家にとって、自己の外部には何もないのである。なぜなら、小説家とは、想像力のなかでみずからの限界と条件とを設定した人間なのだから。神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない−たとえ無神論者の小説家であっても。それは常に不可能な仕事だが、そのことが要でもあるのだ。試みることがすべてなのだ。」 しかし、この小説が圧倒的な感動を与えるのはこうした仕掛けだけのためではない。文章・言語の力(翻訳者の小山太一(1954-)の力も大きい。)、そして「忘却と絶望への抵抗」という作者の小説家としての覚悟が伝わってくるからだ。 イアン・マキューアンは私=発起人にとってはじめて読む作家である。1948年英国生まれ、『最初の恋、最後の儀式』(早川書房、1975)でデビュー、『アムステルダム』(新潮文庫、1998)で英語で書く作家に与えられる最高の文学賞・ブッカー賞を受賞、翻訳最新作は『土曜日』(新潮社、2005)。この作品に圧倒された私は他の作品も読んでいくつもりだ。 なお、この小説はゴーデン・グローブ賞を受賞した映画「つぐない」(2007)の原作である。4月12日から公開されるらしい。小説も映画も原題は"Atonement"であるから同じ。さて久しぶりに映画でも見に行くか、でもヘンにメロドラマ化されてたら嫌だなとも思うのである。 |