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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2008030003 | ガブリエル・ガルシア=マルケス | 落葉 他12篇 | 1955 | コロンビア | 新潮社 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2008/03/15 公開日:2008/03/15
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「魔術的リアリズム」への道−ガルシア=マルケスの初期作品集 |
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現代世界文学に新しい構築物を追加したコロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケス(1927-)の初期作品集である。(高見英一・桑名一博・井上義一訳) ガルシア=マルケスと言えば『百年の孤独』(1967)や『族長の秋』(1975)が有名であり、私=発起人もすでに20年以上も前にこれらの作品は読んで感動したのを覚えている。しかし、人の記憶はあいまいである。いったいどんな話だったのか、どこに感動したのか当時読んだ本の感想を記録する習慣のなかった私には思い出すすべもないのである。今この駄文をつづっている屋根裏部屋のどこかに、あるいはこの家のどこかに昔読んだこれらの本もあるはずであるが、発見するにはエントロピーをさらに増大させる必要があるので断念した。 そもそも私が本書を手に取ったのはこのノーベル賞作家(1982年度)を就寝前の枕元本に決めたからである。新潮社が初訳・旧訳等おりまぜて「ガルシア=マルケス全小説」と銘打ってこの作家の小説を執筆年中に編集して統一した装丁で刊行したことも契機となった。 この手法は出版業界にとってはなかなかのものである。いわゆるバンドリングである。束ねて顧客=読者にとっての付加価値を作り出す。本書も底本になっているのは『青い犬の目−死をめぐる11の短篇』(福武文庫)、『ママ・グランデの葬儀』(集英社文庫)、『短編集 落葉』(新潮社)であり、これら3冊を持っている人にとってはこの本を買う動機は低下するかもしれない。 さて本書に収められている作品の中で分量的にも内容においても中心となるのは『落葉』(1955)である。後の諸傑作の舞台ともなる町、マコンドが本格的に登場している。多大な影響を受けたというウィリアム・フォークナー(1897-1962)にとってのヨクナパトーファ郡と同じようにガルシア=マルケスもマコンドとそこに住む(んだ)人々と歴史を創り出したのである。時間設定は1903−1928年。 死、荒廃、衰退、悪意(敵意)、そして激しい気候変動や災害がこの町のイメージである。活気、繁栄、希望、愛、生命などと対極をなすマコンドとそこに住む奇妙な人たちが描かれる。しかし言うまでもなくマコンドはまったくの空想から描き出された町ではなく、作者が生まれたコロンビアのアラカタナの、そしてラテンアメリカの、多くの世界の辺境にある町や村の現実を反映したものである。 しかしこの作品は「現代文学」と聞いてイメージするような暗く無機的な印象とは無縁である。もっと有機的で雑多で滑稽なのである。この点がコロンビアという環境・風土による影響なのかもしれない。 「土曜日の次の日」(1955)、「マコンドに降る雨を見たイサベルの独白」(1955)もマコンドが舞台である。 他の10篇、「三度目の諦め」(1947)、「エバは猫の中に」(1947)、「死の向こう側」(1948)、「三人の夢遊病者の苦しみ」(1949)、「鏡の対話」(1949)、「青い犬の目」(1951)、「六時に来た女」(1951)、「天使を待たせた黒人、ナボ」(1951)、「誰かが薔薇を荒らす」(1953)、「イシチドリの夜」(1953)はより若いころに書かれた作品であるせいかかなり実験的で思弁的な色彩が強い。マコンドにたどり着くまでの作者の助走と片付けられない直截的で硬質な魅力がある。 さて、私は『悪い時 他9篇』(1962)を読み始めることにする。 |