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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2008020007 村上春樹 中国行きのスロウ・ボート 1983 日本 中公文庫

評者:発起人    評価:8  読了日:2008/02/28  公開日:2008/02/29

「物事はなるようにしかならないのだ」−村上春樹の第一短篇集

 村上春樹の最初の短篇集を、僕は銀色に塗り替えられた中央線の車内で毎朝ひとつづつ読んだ。

 読み終わると冬の空にうずくまる灰色のビルの群れをながめながら、神田駅のフォームで煙草を吸った。駅員に連れていかれそうになった。

「そもそも」と彼女は言った。「ここは私のいるべき場所じゃないのよ」(「中国行きのスロウ・ボート」)

 そう、僕のいるべき場所でもない。

「今のあなたには何ひとつ救えないんじゃないかって気がするのよ。何ひとつね」(「貧乏な叔母さんの話」)

 だから何もやることはなかった。強風の中、第三のビールを飲んだ。心底凍えた。何十人何百人という通勤者たちが危ないものを見るようにして僕を見ている。

「僕は同時にふたつの場所にいたいのです。これが僕の唯一の希望です。それ以外の何も望みません。」(「ニューヨーク炭鉱の悲劇」)

 もうひとりの僕は会社にいる。

「あんたはいい仕事をするよ」と彼女は言った。「これまでいろんな芝生屋呼んだけど、こんなにきちんとやってくれたのはあんたが始めてさ」(「午後の最後の芝生」)

 僕は芝生を刈ったりはできないが、鉛筆削りができるというわけでもない。

「精神を集中するふりをするのは本当に精神を集中するのと同じくらい疲れるのだ」(「土の中の彼女の小さな犬」)

 ふう。僕はまた煙草を吸った。いらいらしたサラリーマンに殴られそうになった。

 いつまでも神田駅のフォームで佇んでいるわけにはいかなかった。僕はピザ・パイを食べたかったが、結局は天ソバをすすった。「ちゃーりー」のピザ・スタンドはあまりに遠い。

「羊博士には羊男の生き方が気に入らないのです。だからいやがらせに耳をひきちぎっちゃうんです。そして喜んでいるんです」(「シドニーのグリーン・ストリート」)

 タンスの中できちんと折りたたまれたシャツのように、僕は待っているしかないのだ。シャツを着てもらえるかどうかは僕が決めることではない。

 気にいらない奴を殴ったり殴られたり駅で煙草を吸ったり缶ビールを飲むことは許されない。

 そんな時代が終わったことを教えてくれたのが村上春樹だったのだ。そして今や村上春樹以前を想像することは困難だ。

 やれやれ、「羊男」にさえなれない僕は煙草を吸った。もちろんガラス張りの隔離された東京駅の喫煙コーナーの中である。 


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