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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2008020005 川上未映子 乳と卵(ちちとらん) 2008 日本 文藝春秋

評者:発起人    評価:9  読了日:2008/02/23  公開日:2008/02/23

人間存在の悲しみを描いた第138回芥川賞受賞作

  現代大阪弁の語りがかなり絶望的な内容を和らげているのだが、ここで描かれているのは女性であること=男女の性によってしか繁殖できない人間の根源的悲しみについてである。

 東京に暮らす「わたし」のところへ大阪から姉の巻子(39)とその一人娘で小学生の緑子がやってくる。巻子はスナックのホステスをして緑子を育てているが東京で豊胸手術を受けるのだという。緑子はもう半年も喋らず、小さなノートでの筆談でしか巻子とコミュニケーションをとらない。ひとりでつけている大きなノートには緑子の思索と感情が綴られている。

「わたしは勝手にお腹がへったり、勝手に生理になったりするこんな体があって、・・・んで生まれてきたら最後、生きてご飯を食べ続けて、お金をかせいで生きていかなあかんことだけでもしんどいことです。・・・ぜったいに子どもなんか生まないとわたしは思う。」

「まず、受精して、それが女であるよって決まったときには、すでにその女の生まれてもない赤ちゃんの卵巣のなかには、(そのときにもう卵巣があるのがこわいし)、卵子のもと、みたいなのが七百万個、もあって、・・・ちょっと考えたらこれはとてもおそろしいことで、生まれるまえからわたしのなかに人を生むもとがあるということ。・・・なんやねんなこれは。」

「あたしは胸のふくらむのが厭、めさんこ厭、死ぬほど厭や、そやのにお母さんはふくらましたいって電話で豊胸手術の話をしてる、・・・みんなが生まれてこんかったら、なんも問題はないように思える、うれしいも悲しいも、何もかもがもとからないのだもの。卵子と精子があるのはその人のせいじゃないけれど、そしたら卵子と精子、みんながもうそれを合わせることをやめたらええと思う。」

 巻子による豊胸手術研究成果の披露、「わたし」と二人で銭湯に行ってほかの客たちの胸や身体を「品定め」するシーン、緑子のノート、巻子の秘密の行動から垣間見えるその荒廃ぶりも読みどころである。クライマックスはビジュアル的にもおもしろい。映画化なるか?

 生殖が快楽と分離され、快楽を容易にするためのさまざまな「文化的」・社会的装置が生まれ増殖している。快楽は社会的承認や権力と等値なのである。つまり健康で美しいセクシャルな身体や顔になること、維持することは男性優位社会においてはとりわけ女性の最大の関心事となる。

 ん?川上未映子(かわかみ・みえこ、1976-)?「美人作家」?「現代の樋口一葉」?「文筆歌手」?なんやねんそれ?おだてられて、テレビに出まくって、どーいうつもりやのん?お父さんも、ふだんは漫画と週刊誌しか見いひんくせに、芥川賞?それ前言うたんは蛇が蹴りたいとか背中にピアスとかいう若い子がとったときやったなあ、めっさむかつく・・・などと表面に惑わされないで読んでみよう。女性の読者にこそよく響く内容だと思う。

 化粧やファッションがテーマの「あなたたちの恋愛は溺死」(これは大阪弁文体ではない)を併録。


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