感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2008020001 エルフリーデ・イェリネク したい気分 1989 オーストリア 鳥影社

評者:発起人    評価:6  読了日:2008/02/05  公開日:2008/02/06

男性による性的支配構造を技巧をつくして描いた作品

 2004年度のノーベル文学賞受賞者、オーストリアの女性作家エルフリーデ・イェリネク(1946-)が1989年に発表した本書はドイツでベストセラーになったという。(中込啓子/リタ・ブリール訳)

 しかし、これがベストセラーになるのが信じられないほど難解である。複雑である。言葉に二重三重の意味が意図的にこめられている。しかし言葉遊びというか駄洒落のところはいろいろ苦労して翻訳されても十分に面白さは伝わらない。

 語り手もときどきで微妙に変化している。語彙も豊富(なのだろう)。

 テーマはあえて言うなら男性(器?)による女性支配を批判することにある。表現を変えて製紙工場の所長による妻への飽きることのない半ば暴力的で執拗な性交が描かれる。

 しかしこれはポルノではない。(こんなポルノはないのである。)

 所長夫人は夫との関係のためにこの地方では一番いいものを着てお洒落もできる。一人息子もまだ小さいが子どもたちの間ではいちばんいいものを着ていちばんいいおもちゃを持っていることでほかの子どもたちに優越している。

 夫も子どもも共犯である。こうした抑圧から妻(ゲルティ)は抜け出そうとし、都会から来た若者(ミシェル)とまたこれも激しい欲望発散のときを過ごすが、所長(夫)はやはり何事もなかったかのごとく妻に欲望を放出し続けるのである。そういう意味では妻もこの構造に組み込まれているがときどき爆発するというわけである。

 つまり登場人物たちは高度に抽象化・戯画化されて描かれている。

 製紙工場は自然を破壊し有毒排水を排出ししかも何より貧困と失業により人々を支配する。所長はそのような支配を具現化した人物である。人々は所長の(そしてその背後にあるコンツェルンの)気に入るように卑屈になる。スポーツや「文化活動」は支配のために利用される。

 性的支配が資本主義批判につながっているという読み方はできるが、作者の意図はそんなに単純で(陳腐な)図式に収まるものではない。ゆえにこそこのような小説が産み出されるのである。

 決して万人にお薦めできるという作品ではないが、現代世界文学のひとつの峰に挑戦するという鍛錬にはなる。


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