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感想文番号 |
著者 |
書名 |
刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2008010003 | 京極夏彦 | 旧怪談(ふるいかいだん) 耳袋より | 2007 | 日本 | メディアファクトリー |
評者:発起人 評価:5 読了日:2008/01/09 公開日:2008/01/09
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なぜ怖いのか/怖くないのか−京極夏彦リラックス? |
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江戸時代に根岸鎭衡(ねぎし・やすもり)という旗本が記した『耳嚢(みみぶくろ)』という随筆から怖い話35編を選んで当代唯一の物語作家、京極夏彦が自由に現代風に書き改めた作品集である。各編ごとに原文もつけられている。(ちなみに旧怪談はふるいかいだんと読ませている。) 「怪談蒐集家」の木原浩勝・中山市朗による『新耳袋』というシリーズがあるそうだが、このシリーズ風に『耳嚢(みみぶくろ)』をアレンジしたという。 さてざっと読んでみて怖いかというと、オリジナルの『耳嚢』含めそんなに怖くないのである。オリジナルを書いた根岸鎭衡にしても、この旗本が書き留めた話をしてくれた人たちもそんなに怖がっていないようなのである。まあ不思議な話ではあるが、なんとか合理的な説明はつけられるものが多い。またつけられないにしてもそれはこちらの情報が不足しているからだろうという感じであり、合理主義的な視線はこの作品が書かれた1800年ごろには広く浸透していたのである。 むしろ不思議な話、怖い話は娯楽や話題としてとらえられていたということであり、これは現代と同じである。 しかしもしこれらの話が怖いとすれば、多分当時の夜の闇の深さということが関係していると思う。闇は不思議でもなんでもない動物や植物の動きでも怪しい者として見せてしまう。これは実は観察者の心理の反映である。 あとはやはり突然性というべきか、いきなり予測していないものが現れる、しかもそれが危害を加えるものである場合人は恐怖するのではないだろうか。 京極夏彦が肩の力を抜いて楽しんで書いた一冊という感じである。 ところで、この本の編者=ダ・ヴィンチ編集部>恥ずかしい間違いが多すぎるぞっ!校正ぐらいちゃんとしろよっ! |