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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007120005 | チャールズ・ブコウスキー | 勝手に生きろ! | 1975 | アメリカ | 河出文庫 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2007/12/30 公開日:2007/12/31
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永続反抗する詩人の青春時代を描く |
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私にとっては『詩人と女たち』(1978)以来4年ぶりのチャールズ・ブコウスキー(1920-94)で2007年を締めくくることにしたい。 本書では自身をモデルにしたと思われるヘンリー・チナスキーの青春の日々が描かれる。とは言っても甘美な郷愁に胸うずくヘルマン・ヘッセのような青春ではない。単に二十代であるというだけで、仕事を捜し、泥酔し、喧嘩し、女と関係し、馬に賭け、当然すぐクビになり、また仕事を捜し、泥酔し、喧嘩し、女と関係し・・・という日々が延々と続くのである。(後の作品に出てくるようなドラッグはやっていないようであるが・・・。) ロサンゼルス市大で2年間ジャーナリズムを勉強したのに、採用される仕事は単純作業ばかりである。今の日本で社会問題になっているような「ワーキング・プア」どころではない極貧・不安定生活である。チナスキーはそのかたわら小説を書き、文芸誌の編集部に送り続ける。 自滅的な生き方である。私が知らないだけなのかもしれないが現代日本のような超管理社会ではこのような人物の存在自体がありえないだろう。少なくとも自由に行動する状況にはいられないはずである。 文体は赤裸々であり、(臆病な私は)引用もためらう言葉が羅列されている。虚偽と虚偽の上に成り立つ社会とそれを支える奴らに対する嫌悪感に満ちている。 第二次大戦とその終了という激動期なのだが、チナスキーは戦争やその勝敗にもまったく興味がない。どうやったらくだらない仕事をサボって勤務中に酒を飲み、くだらないすべてを忘れられるかが小説を書くことのほかに彼を動機づけるすべてである。 女はチナスキーからというよりチナスキーに寄ってくる。チナスキーも女はきらいではない(どうも「脚フェチ」のようである)が、彼の肉体を目当てにあるいは彼をじらすために女が寄ってくることを見抜いている。しかしそれでも彼は女に頼る。最後には金持ちの爺さんたちのところへ女たちは去って行くのはわかっているのにである。 しかしチナスキーは懲りない。糖衣にくるんだようなキレイ事を並べ立てながら最も下品な欲望と野心によって動いている体制の下僕、従順で「有能」な管理者たちにその行動で永遠に反抗を続けるのである。 なお、この作品を原作とした映画が2007年8月公開された。監督:ベント・ハーメル、主演:マット・ディロンの『酔いどれ詩人になるまえに』。(当然私はいつものように未見。) |