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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007120004 | スコット・トゥロー | 死刑判決 | 2002 | アメリカ | 講談社文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2007/12/24 公開日:2007/12/24
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誤りは取り返せるか−緊迫感に満ちたリーガル・サスペンス |
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弁護士のアーサー・レイヴンは連邦控訴裁判所が選任した公選弁護人として死刑執行まであと33日のロミー・ギャンドルフと面会する。 ロミーは十年前の1991年7月4日の独立記念日の休みの間、ギリシア風レストランでオーナー(オーガスタス・レオニディス)を含む三人(あとの二人はルイサ・レマルディ、ポール・ジャドソン)を銃殺した罪で死刑判決が確定しているが今になって無実を主張しだしたのである。 自白、証拠はすべてこの黒人の犯行であることを示しているように見えた。過去の記録をたどってもジリアン・サリバン元判事が下した判決を覆すようなものは何も出てこない。ジリアンは収賄の容疑で有罪判決を受け服役して出てきたばかりである。 ところが、被害者の一人で空港の発券係だったルイサ・レマルディが勤めていた空港の警備責任者(アーノ・エアダイ)がロミーの有罪を覆す劇的な証言をする。 当時も捜査に加った、検察側のミュリエル・ウィン(首席検事補)とロミーの自供を引き出した刑事ラリー・スタークゼクはアーサーのチームと丁々発止の闘いを繰り広げる。 被害者の遺族や関係者、法律や規則、連邦判事の心証、マスメディアなどあらゆる手立てを尽くして弁護側と検察側が息詰まる攻防を繰り広げる。このあたり米国の司法・裁判制度は日本人にはなじみにくくわかりにくいところもあるが、感心するのは関係者たちに浸透している情報公開やフェアプレイの精神である。(それを破るとかえって不利になるのである。)またそのエネルギーである。 本書の著者、スコット・トゥロー(1949-)は現在でもイリノイ州の現役弁護士であるが、『推定無罪』(1987)などの一連の作品でリーガル・サスペンスの第一人者としての地位を確立した。(初期の作品が絶版になっているのは嘆かわしい、しっかりしろよ>文春文庫) さて、時間はせまる。しかもアーサー/ジリアンの(非公式)チーム、ミュリアム/ラリーのチームはそれぞれ恋愛関係を持つ(復活する)ようになる。それぞれが人生の一時期(今かもしれない)に大きな誤りを犯してしまった。彼らの関係がメロドラマ的すぎるという感じもしないではないが、このふたつのカップルなしにはこの作品も成り立たないのである。 原題の"Reversible Errors"は法律用語としては「破棄事由となる誤り」であり上訴審が一審判決を無効にせざるをえないほどの重要な誤りのことだそうであるが、これは「取り返しのつく誤り」というふうにも読め、これが特にこの二組のカップル、とくにアーサーとジリアンの未来を示唆している。 遺族の感情への配慮、「社会秩序」、犯罪抑制効果など死刑制度の弁護論は現在の日本では圧倒的である。しかし死刑は執行すればもう取り返しがつかないのである。蛇足ではあるがクリスマス・イヴでもあるし、書いておこう。 |