感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2007110002 橋元淳一郎 時間はどこで生まれるのか 2006 日本 集英社新書

評者:発起人    評価:8  読了日:2007/11/08  公開日:2007/11/08

現代物理学は常識を破壊する−時間の謎に迫る秀作

 現代物理学はたいへんなことになっているらしい。いったい物理学者が何を研究しているのか私にはまったくわからない。その成果を紹介した解説記事などを読んでも意味不明である。

 私のような素人には他にも知るべきことがたくさんある。たとえば時間に追われる生活からいかに脱出するかなどは大きなテーマである、しかしそれも難しいとなれば時間とは何かという薀蓄のひとつやふたつ披瀝できるようになりたいものだと思って手に取った本書、一読して感動、再読しようと思ったが時間がないのでこの本の感想文を記録して私は「絶対未来」へ進んでゆくこととする。

 著者によると現代の哲学者は現代物理学−相対論と量子論−の成果を理解しないで時間について考えている。アリストテレスの時代は哲学=科学であり、哲学は諸学の王であった。カントの時間論もニュートン物理学の成果を前提として思考されたものである。それなのに哲学者たちは時空の相対性(=時間は実数、空間は虚数)であるとか、ミクロ世界では時間は実在しないとか物理学者たちの常識を踏まえた上で時間について考えていない。

 これでは困る、ちゃんと物理学も勉強した時間論を展開して欲しい、この本はその「呼び水」だと著者は言う。いっぽう物理学者たちは湯川学(『探偵ガリレオ』)ほどではないかもしれないがいろいろ忙しいらしくまともに時間論などに取り組んでいる人は少ない、つまりすでに時間は物理学的には興味を引くテーマではないようなのである。

 著者の橋元淳一郎(はしもと・じゅんいちろう、1947-)は京大理学部で修士まで進んだという人であるが物理学者ではないようである。SF作家であり予備校教師としても有名らしい。

 著者の結論はアインシュタインもミンコフスキー空間も反粒子もエントロピーもシュレーディンガーの猫も知らない哲学者が考えた結論と似通ったものになっている場合もあるという。これはある意味当然であって「人間的時間」と「物理的時間」(実在していたとしても)は別ものだからである。

 結局興味は人間的時間はどのようにして獲得されたかというどちらかというと生物学の領域に移ってしまう。自然淘汰と進化論による説明により、人間は時間という感覚を手に入れたと著者は言うが、ここの議論はかなり弱い。

 物理学と意識とのへだたりは大きいようである。

 全体としては非常にわかりやすい本であり、数式を使わず、こんな難しい物理学の成果をまとめてしまう著者の心意気はすばらしい。著者の言わば哲学者へのラブレターというか挑発に応えた人はいるのだろうか? 巻末には時間論の古典紹介もあり、さらにこのテーマに挑む人には便利である。


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