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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007100007 | 川上弘美 | いとしい | 1997 | 日本 | 幻冬舎文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2007/10/28 公開日:2007/10/28
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まどろみながら見る夢のような物語 |
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川上弘美(かわかみ・ひろみ、1958-)の芥川受賞作『蛇を踏む』(1996、文春文庫←文藝春秋)を私が読んだのは2000年9月。斬新でヘンな感覚(?)にずいぶん感心した記憶がある。 他にも読んでみようと思ったのだが、結局この『いとしい』(1997、幻冬舎文庫←幻冬舎)が私にとってこの作家の2作目となった。刊行後10年、『蛇を踏む』を読んでから7年の月日が経過している。 語り手の「私」(マリエ)、姉のユリエ、母のカナ子、母の恋人だったチダさん、「私」が先生をしている女子高の生徒の「ミドリ子」、その兄の「紅郎(こうろう)」、「ミドリ子」に迫る「鈴本鈴郎(すずろう)」、ユリエが好きになる「オトヒコ」など登場人物はいずれも奇矯な行動を取り、ふしぎな言葉を発する。 川上弘美が語ることで創っている世界はとても居心地がよさそうである。しかしあらすじや小説の中で語られる物語について記すのはあまり意味はないと思う。 人を好きになる楽しさ、別れる苦しさがある。生きていること自体のどうしようもない不条理もある。でもすべてがまどろみの中で見る夢のようなふしぎでやわらかい雰囲気に満ちている。夢の中でふしぎをふしぎと思わないような世界が続くのである。 感覚的であり軽い官能性もあるが、これはどうあがいても男には描けない類のものだと思う。とくに皮膚感覚、触覚、聴覚、嗅覚の表現は秀逸である。作者は女性性や母性を武器にしているのだろうか?いや武器などという表現は似つかわしくないか。でもこのふしぎな世界にからめとられていくように感じるのも事実である。 えっ?それがこの手の作家の手口?ううむ、そうかもしれない。しかし他にももう少し読んでみないとわからないだろう。ええっ?それがこの作家の戦術??ううむそうであればこれはかなり高等な技法ではあると思うのである。 蛇足だが、気のせいか男性の登場人物は女性の登場人物からは理解不能の存在として描かれていて逆に男性は女性を支配し、女性はそれに満足しているように描かれているように思うのだが、これも作者の高等戦略なのだろうか。 |