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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2007080002 井上靖 しろばんば 1963 日本 新潮文庫

評者:発起人    評価:10   読了日:2007/08/13  公開日:2007/08/14

これ以上の完成度は不可能か−井上靖の自伝的作品

 現在NHKで放映中の大河ドラマ原作『風林火山』(1955)などの歴史物、これもNHKで昨年再ドラマ化された『氷壁』(1957)などの現代小説でも多くの名作を残し、晩年には毎年のようにノーベル文学賞受賞を噂された井上靖(いのうえ・やすし、1907-1991)の自伝的三部作の第一作目である。(後の二作は『夏草冬涛(なつくさふゆなみ)』(1966)、『北の海』(1975) ) 

 本書では伊豆の湯ヶ島(現・伊豆市湯ヶ島)に住む主人公・洪作の小学生時代が描かれる。私は伊豆に住んだこともなく、もちろん絣の着物を着て草鞋をはいて学校にかよった経験もないのだが、ひとつひとつの情景、会話、洪作の想いが 迫真性を持って私の感情に訴えかけてきたのには驚いた。

 読者は洪作とともに遊び、泳ぎ、走り、温泉に入り、勉強するのである。時々の空気の冷たさ、暑さ、木々や山の風景の遷り変りを実感するのである。2007年夏の通勤電車の中でも、洪作の世界は私を捕らえて離さなかったのである。 

  同級生などの子どもたち、いっしょに土蔵に住むおぬい婆さん(洪作とは直接の血縁関係はないが、泣かせるキャラ)、同じ村の「上の家」に住む祖父母や若い叔母で小学校の先生をしているさき子、仕事の関係で浜松に住む父母、都会に住む親戚の子どもたちなど周りの人たちに洪作が抱く感情に読者である私も 共鳴というか、一体化してしまうのである。

 すでに発表後45年が経過しているが、この作品の持つ普遍性(=ひとりの少年の成長物語)と文体の完成度の高さにより、しばらくは読み継がれる作品だと思う。

 もちろん、これは小説である。事実そのままの記述ではない。しかし優れた小説は読み継がれ、人々の記憶に残ることである程度の共通世界を読者に、そして未読者にも創り出していくのだろう。共通文化になっていくのである。

 少年の眼は少女の眼とは違うはずだ。すでに熟年の域に達した成功した作家の眼は自身を肯定的に見る傾きがあるかもしれない。しかしそのような(読む前の)懸念は実際にこの本を読むと雲散霧消してしまったのである。

  つまり、これ以上の水準で書かれることはありえなかった作品なのである。

 さあ、『夏草冬涛(なつくさふゆなみ)』(1966)も読んでみようかな、いや、今でさえシリーズ作品で最初の1、2冊を読んで放置しているものが多いので、宣言するのは控えておこう。

(追記:本書は『しろばんば』(1962、中央公論社)、『続しろばんば』(1963、中央公論社)をまとめたもの。したがって刊行年を1963に訂正する。2007/9/1)


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