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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007050003 | 原田敬一 | 日清・日露戦争 シリーズ日本近現代史B | 2007 | 日本 | 岩波新書 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2007/05/06 公開日:2007/05/06
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戦争への「雪崩現象」の謎に迫れたか |
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2007年連休の最終日は歴史で締めくくりだ。 牧原憲夫 『民権と憲法』(2006)に続くシリーズ日本近現代史の3作目である。年代で言えば第一回帝国議会が開かれた1890年ごろから日露戦争終結の1905年ごろ、ただし対外関係では韓国併合(1910)までを視野に入れている。 著者の原田敬一(はらだ・けいいち、1948-)は佛教大学文学部教授。 ひとことで言えば自由民権運動が敗北したあと成立した帝国憲法に基づく「半立憲君主制」とも言うべき体制下で近代化と国民統合を進めていた日本が日清戦争(1894-95)、台湾征服戦争(1895)、日露戦争(1904-05)、韓国併合などによって「列強」として「発展」した時期である。 初期議会では政府は元勲と呼ばれる薩長閥が構成する政府に対して「民党」が多数派を占めていた。政府予算案も度々否決・修正され、そのたびに政治危機を迎え、民党の取り込みや明治天皇の政治参画などでしのいでいた。 しかしこうした危機を一気に乗り切ったのが上述した戦争である。戦争の前では議会も民衆もジャーナリズムも無力であった。いやむしろ積極的に、雪崩を打って戦争に熱狂したのである。もちろんごく少数だが非戦や反戦を貫いた人たちもいたが、「文明国」日本が野蛮と戦うというイデオロギーと情報統制、積極的な帝国意識の植え付けによって軍備強化と植民地・支配地域の拡大が進められたのである。 しかし、それにしてもだらしなさすぎないかと思う。教育統制や言論・表現の自由制限などがこうした侵略体質を組み込んだ国家の構造を作り上げたというのはわかるが、なんでこんなに雪崩をうったようなことになったのかと思うのである。 これは今だからそう言えるのだろうが、それにしても情けなさ過ぎる。 とは言っても、「戦後レジームからの脱却」と「憲法改正」を掲げる安倍政権が誕生し、ジャーナリズムや学者が「国益」を語り、侵略戦争批判が「反日」だと攻撃される現在、同じようなことが起こらないとは限らないのである。私の次の世代からいったい何してたんだろうね、と言われないとは限らないのである。しかし世代論にすりかえても意味はない。 つまり勉強しろ、わかったら卑怯者になるな、できることをやれということか・・・といささか脱線気味なので、この本を読んでわかったことを数点メモしておく: ○ 日清戦争の直前、朝鮮首都・漢城(今のソウル)では日本軍による王宮占領・国王捕獲・新政権樹立という作戦が実行された。この作戦によってはじめて「朝鮮国の独立維持」という日清戦争の大義名分を掲げて清と戦端を開くことが可能になった。 ○ 日清戦争中、1894年9月には旅順で日本軍による虐殺事件が起きている。 ○ 台湾征服戦争。日本軍の死傷者は5320名(ほとんどが病気による)、中国人兵士・住民1.4万人を殺害。また「平定」後の抵抗運動で1万1951人を「殺戮」、うち裁判で死刑になったのは約3千人。 ○ 韓国で義兵運動(1907-)と呼ばれる蜂起によって韓国併合までに義兵死亡者数1万7688人。 ○ 日露戦争の死者・戦病死者は日本軍8.4万人、ロシア軍5万人。戦傷者はそれぞれ14.3万人、22万人。民間人や戦場となった地域の住民の被害などはわからないのだろう。 ○ なぜか、この本では「日本海海戦」(1905)についてほとんど触れられていない。 さて、このシリーズのCは成田龍一 『大正デモクラシー』(2007)である。ここまで来たら予定の全10冊付き合うか。 |