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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007050001 | 太宰治 | グッド・バイ | 1948 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2007/05/03 公開日:2007/05/04
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敗戦から死までの太宰治の軌跡 |
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玉川上水に山崎富栄と入水自殺を遂げた(1948年6月13日)太宰治(だざい・おさむ、1909-1948)は、戦後一躍時代の寵児となった。 作家にとっては空気とも言うべき言論の自由がほぼ奪われた状況で曲がりなりにも作家生活を続けてきた太宰が以前の支配的かつ偽善的な価値体系が崩壊した中でジャーナリズムの注目を浴びるのは当然のことであっただろう。太宰治ぐらいしかいなかったのである。 しかし死によって中断された「グッド・バイ」を含む十六編が収録されたこの作品集を通読すると太宰は変わらなかった、変わった(ふりをした)のは世間のほうであったということがよくわかる。 戦争で負けようが筆舌に尽くし難い悲惨な目に遭おうが、生きている限りはこの社会にあわせて生きていく必要がある。 この社会を変革しようとする者も、時の権力に媚びて社会の階梯を登ろうとする者も、嫌々ついていこうとする者も、行動や態度で消極的反抗を試みる者もこの社会と無関係でいるわけにはいかない。 太宰治が現代でも多くの人たちに読まれているのは、この作家が「俗物」、「田舎者」、「偽善者」ばかりで成り立っているように見える社会に適合できない/苦しんでいる人たちの感情を代弁してくれているからである。 泥酔し、薬物中毒になり、自殺未遂を繰り返し(太宰は6回目に「成功」するのだが)、しかし果敢にも自分が適合できない社会(国家・実家・文壇・サロン・ジャーナリズム等々)に予め勝負がわかっている戦いを繰り広げた太宰治が女にもて、若者をひきつけないはずはない。しかも重大なことに太宰は戦いを挑むべき社会の薄汚さに自分もまた汚染されていることをしっかり自覚していたのである。これは果てしのない苦しい戦いである。 老成しすべてを肯定できる境地に達した(と思い込んだ)作家は何人もいるだろうが、永遠に否定と没落予感の言葉を生のままで残したという点で太宰治を超える作家を日本は生み出していないような気がする。「永遠の青春文学」と呼ばれる所以だろうか。 なお、この新潮文庫版に収められている作品と(雑誌)発表年は次の通り:@「薄明」(1946)、A「苦悩の年鑑」(1946)、B「十五年間」(1946)、C「たずねびと」(1946)、D「男女同権」(1946)、E「冬の花火」(1946)、F「春の枯葉」(1946)、G「メリイクリスマス」(1947)、H「フォスフォレッセンス」(1947)、I「朝」(1947)、J「饗応夫人」(1948)、K「美男子と煙草」(1948)、L「眉山」(1948)、M「女類」(1948)、N「渡り鳥」(1948)、O「グッド・バイ」(1948)。 以上のうちEとFは戯曲である。@では太宰の次女である作家津島佑子(1947-)の『火の山−山猿記』(1998)に登場する「桜子」(2006年4-9月放送のNHK朝の連続テレビ小説「純情キラリ」のヒロイン)のモデルでもある「義妹」が登場する。もちろん津島佑子はまだ生まれていないときの話である。 |