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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2007040006 京極夏彦 今昔続百鬼−雲 2001 日本 講談社文庫

評者:発起人    評価:9   読了日:2007/04/22  公開日:2007/04/22

妖怪馬鹿=多々良勝五郎先生が無意識に事件を「解決」!

 多々良勝五郎先生、在野の妖怪研究家と言えば聞こえは良いが普通の人から見ると単に妖怪が好きで好きでたまらないという「妖怪馬鹿」である。文献を渉猟するだけでは飽き足らず、各地を放浪、史蹟を巡り、伝説を採集する。丸眼鏡に短躯だが巨大な体格、小山のようなリュックサックを背負い、写真機を二つ抱えている。妖怪のことを語りだしたら止まらない。妖怪以外のことはほとんど興味がない。

 過去の京極作品ではたしか『塗仏の宴 宴の支度』(1998)『塗仏の宴 宴の始末』(1998)に登場し、中禅寺秋彦=京極堂と妖怪談義に話を咲かせていた。

 しかし世の中にはほかにも同好の士がいるのである。この物語の語り手、「俺」(沼上蓮次)もその一人、戦前妖怪同人誌のようなものを作り、その時こ多々良勝五郎=センセイと遭遇、戦後再会したあとは各地を回り、消え行く日本の妖怪・伝説を採集する「弟子」のような位置におかれてしまった。

 本書ではこのセンセイと「俺」が各地を巡る伝説採集の旅で遭遇する妖怪がらみの事件四編が収録されている。

「岸涯小僧(がんぎこぞう) 多々良先生行状記@」は、昭和25年初夏、舞台は山梨県。センセイと俺は河童に噛み殺された(?)と思われる死体を発見する。もちろん岸涯小僧(これは何かという薀蓄は是非ご一読を)や河童が人を殺すはずはない。センセイの名推理は?この事件で村の大地主で妖怪大好きの村木老人とその養女で古文書なども読みこなす十六歳の「富美ちゃん」という強いスポンサーと仲間を得るのである。

「泥田坊(どろたぼう) 多々良先生行状記A」では翌昭和26年2月7日、信州の山奥が舞台。物忌みの日で村人は余所者のセンセイと俺を家に入れてくれない。途方にくれた二人が見たのは泥田坊そっくりの不気味な男だった。やっと迎えてくれた男を見つけたものの、翌日男の父親が死体で発見される。妖怪のことにしか興味のないはずのセンセイがこれもまた運良く事件を解決してしまうのである。

「手の目 多々良先生行状記B」の舞台は前作の信州行きの帰り、上州の田舎村である。雪に降り込められてしまった二人(プラスお金を持ってきてくれた富美ちゃん)が再び事件に巻き込まれる。村の男たちが深夜女たちに黙っては村を抜け出して憔悴して戻ってくる。真相は?村の将来を背負わされて、「手の目」のところに勝負に行く二人だったが・・・。

「古庫裏婆(こくりばば) 多々良先生行状記C」では昭和26年秋、舞台は山形県である。詐欺師にすべてを巻き上げられた二人は湯殿山近くの「紫雲院」なる怪しげな寺に止宿するが、そこで再び事件に巻き込まれる。しかも今回は絶体絶命のピンチである。そこに現れたのはなんと京極堂=中禅寺秋彦であった!

 ますます奥行きとネットワークを複雑なものにする京極夏彦(きょうごく・なつひこ、1963-)の世界。しかしこの作品でも妖怪を題材にしながら解決はあくまでも合理的であり、「真相」は何度も回転する。別の解釈も提示される。多々良センセイと「俺」、「富美ちゃん」のかけあいも下手なお笑いよりおもしろい。

 私が京極作品という憑き物から逃れられるのはいつの日か?次は『覘き小平次』(2002)に突入だ!


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