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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2007040001 | 五味川純平 | 孤独の賭け | 1963 | 日本 | 幻冬舎文庫 |
評者:発起人 評価:6 読了日:2007/04/02 公開日:2007/04/03
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「金と女」あるいは「事業とエロス」−TBS系で連続ドラマ化 |
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かつてはどんな書店にも『戦争と人間』や『人間の條件』などの大作が並んでいた五味川純平(ごみかわ・じゅんぺい、1916-1995)であるが、いつか読もう読もうと思っているうちに、あまり書店では見かけなくなった。 このたびTBS系で連続ドラマ化されたのをきっかけに幻冬舎文庫になった本書『孤独の賭け』(1962-63)を読んでみた。 一読、やはり言葉や表現の古さが少々恥ずかしい。「いかす。」とか「グラマー」など今や死語だがたしかに昔は使われていたのである。それなのにたとえば夏目漱石の百年前の作品を読んでも恥ずかしくないのはなぜだろう?夏目漱石は「いかす。」などという言葉を使わなかったからである・・・。 閑話休題。 「ボヌール」という小さな洋裁店で「縫子」をしている乾百子はある夜千種(ちぐさ)梯次郎という男に出会う。肉感的な体と美貌を持つ百子はその武器を使う頭脳とリスクをとる度胸を持っていた。キャバレーやナイトクラブを経営している青年実業家である千種に百子はその日のうちに自分を「担保」にして借金を申し込む。 貧困から自らの才覚と度胸、そして努力で現在の地位まで成り上がった千種は百子に女としての魅力だけでなく自分と共通するものを感じてこのビジネス(融資)に応じるのである。 たがいにひかれながらもこの出会った当夜に結ばれたこのビジネス上の契約のため、この二人はその後もすれ違い、抑制し、エロスからえられる十全の喜びを得ることができない。 百子はその金を元手に、男たちを利用し、規模は千種に及ぶべくもないが自分の事業を拡げていく。百子はいわゆる「玉の輿」狙いではなく、千種同様現状打破のため賭けに出るのである。 千種は日本に大娯楽施設を作るという壮大なアイデアの実現のために奔走していく。このような男には女が寄ってくるようである。また財界の実力者や政治家にコネがあるという怪しげな連中もである。こうした連中は千種の利用価値を冷静にビジネスの理論で計算しプラスの結果が出ている間は持ち上げる。しかし、いったんその計算が逆に出ると今度は叩き落そうとする。 ぜひこの本をホリエモンは読んでおくべきであった。 百子が、千種が融資を受けている高利貸し・東野の部下・氷室と次のような会話を交わす: 「おかねさえあれば、何をしたっていいってわけね?」 「まあそうです。かねで買えないものは、一つしかありません」 「何なの?」 「かねです。・・・」 四十数年前はそうだったかもしれないが、今や金が金を生む金融技術が当時より格段の進歩を遂げている。つまり金で金も買えるのである。 しかし「格差社会」は昔もあったのであり、出る杭は打たれるのであり、成り上がりは蹴落とされるのである。今でも変わらない非情の掟である。 ドラマでは百子を長谷川京子、千種を伊藤英明が演じる。 |