感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2007030006 浅田次郎 壬生義士伝 2000 日本 文春文庫

評者:発起人    評価:8   読了日:2007/03/26  公開日:2007/03/26

当代随一の語り部が描く義士の肖像

 とにかく旨い。泣かせ屋の面目躍如である。

 小説は慶応四年旧暦一月七日、雪の降る大阪の南部藩蔵屋敷で幕を開ける。三日に始まった鳥羽伏見の戦は幕軍が大敗、最後の将軍徳川慶喜などは大阪から船でさっさと江戸へ逃げ帰った。

 南部藩をはじめ各藩が年貢米や特産品を交易する蔵屋敷が集中する大阪では旗幟鮮明にしていない藩はじっと戦と政治情勢の帰趨を見極めていた。南部藩も中立を宣言していた。

 そこへ現れたのが本編の主人公、吉村貫一郎。南部藩を脱藩し、新選組に加わり幹部としてあまたの人を斬り恐れられた男である。勝利をおさめた官軍にとっては恨み骨髄の男である。その貫一郎が重傷を負いかつての主家に命乞いに現れたのである。

 差配役の大野次郎右衛門はかつて故郷の盛岡で貫一郎とは竹馬の友であった。しかし大野は貫一郎に切腹を命じる。

 さて貫一郎とはどういう男だったのか?明治維新から五十年経過した大正時代に新選組の生き残りや貫一郎と関わりのあった人たちが語る。貫一郎の死の前の独白がそれらの人たちの語りにはさまれてこの男を立体的に描き出す。

 貫一郎が命を賭けて守ろうとしたものは何だったのか?それは武士道か?それではその武士道とは何だったのか?

 浅田次郎(あさだ・じろう、1951-)は何も新しいことは言っていない。弱い者を守ること、愛する者を守るために戦うことこそ義士である。それは政治体制や社会が変わっても守るべき美徳なのだということである。しかしそうした美徳を貫く者は悲劇的な最後を遂げるのである。

 基本的に日本人の涙腺が何に反応するのかをはっきりふまえて作者はさまざまな語り口を使い、派手な新選組の中では比較的目立たないこの男が守ろうとしたものと残したものを浮かび上がらせることに成功したのである。

 歴史的事実については松浦玲 『新選組』(2003、岩波新書)、より広い視点から時代背景を知るには井上勝生 『幕末・維新 シリーズ日本近代史@』(2006、岩波新書)などが参考になる。こちらは小説だが新選組と言えばやはり司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964、新潮文庫)ははずせないだろう。


作家別一覧:  1 2 3 4 5 6 7 8

刊行年別一覧: 1 2 3 4 5 6 7 8

Home