感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2007020004 カート・ヴォネガット・ジュニア スローターハウス 5 1969 アメリカ ハヤカワ文庫SF

評者:発起人    評価:8   読了日:2007/02/12  公開日:2007/02/17

「そういうものだ。」(So it goes.)−憤怒・絶望・諦観に満ちたヴォネガットの名作

 私=発起人はこのサイトを開いてから4年近く過去に読んだ本を再読することはなかった。しかしある事情からこの1969年に発表されたヴォネガット(当時はヴォネガット・ジュニア名)の作品を23年ぶり(!)に読み直してみた。

 1945年2月、英米連合軍はドイツのドレスデンを無差別爆撃、犠牲者は数万から20万人と言われている。(ちなみにこの事実はアメリカでは1963年まで伏せられていたという。)ヴォネガットは広島より死者の数が多いと書いているが、これには議論があるところだろう。とにかく、この大爆撃によってドレスデンは徹底的に破壊され焼かれ壊滅した。

 そして、ドイツ系アメリカ人四世であるヴォネガットは捕虜としてこの歴史と伝統のある美しい町に収容されていたのである。

 このときの体験が戦後帰国して作家となったヴォネガットにとって「原体験」だったのだろう。作家になってからも、正面からこの地獄を取り上げるにはあまりにも強烈な痕跡を残したのに違いない。

 この作品でも作家である「わたし」はドレスデンのことを書くと最初に公言し、取材もし、(当時)東ドイツ領だったこの都市を再訪したことも記している。しかし、結果は「調子っぱずれの本」になってしまった。

 なぜなら、「大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ。」(p20)

 「わたし」にかわって登場するのはビリー・ピルグリムという人物である。「わたし」と同じようにドイツ軍の捕虜となりドレスデンに収容されていたが戦後は検眼医となり家族をもうけ社会的には成功しているように見える。しかしビリーもまた戦場でまたドレスデンで大きな(精神的な)傷を受けている。

 ただ「わたし」とは違うのはビリーは「トラルファマドール星人」たちに誘拐され彼らの星で動物園に入って暮らしてもいるということである。この星の住人たちは地球人と違って世界を四次元的に見ることができる。したがって過去も現在も未来も一望のもとに体験することが可能なのだ。

 ビリーの意識もしたがってそれを追う読者も過去・未来を断片的に体験する。

 そこに意味を見出すことは困難であり、死と生をわけるのは偶然である。

 「そういうものだ。」(So it goes.)

 ヴォネガットはそこで立ち止まっているのか。いや、強烈な怒りを短いセンテンスと頻繁な場面転換でやっと押えているように見える。

 ドレスデンは広島・長崎と同じく無差別爆撃を受けた東京ともつながっている。ヴェトナムや現在のイラクともつながっている。

 「そういうものだ。」と言ってすましているわけにはいかないということを何よりもわかっているのは作者自身である。


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