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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2006110003 オノレ・ド・バルザック 谷間の百合 1836 フランス 新潮文庫

評者:発起人    評価:9   読了日:2006/11/26  公開日:2006/11/28

霊肉の相克に苦しむ青年を描いた名作・・・

なのではあるが、なにしろ同一人物再登場などという小説技法の革新を行い、自分が生きた時代をあらゆる角度から描き出した大小説家オノレ・ド・バルザック(1799-1850)である。単純に見えて一筋縄ではいかないのである。

 素直に読めば、愛情薄い家庭に育った「私」=フェリックスが美しい谷間に咲く百合のように美しい人妻モルソフ夫人に恋する物語である。

 鬱屈した暗い青春時代を送っていた「私」はフランス革命とそれに続くナポレオンの時代がようやく終結し、王政復古が始まり旧秩序が回復しつつあったときに開かれた王族歓迎舞踏会でこの「谷間の百合」と運命的な出会いをするのである。

 それが誰かも知らず、大胆にも「・・・だれにも見られていないのをたしかめると、母親の胸に身を投げだす子供のように、この背中の上に身をかがめ、顔をすりつけながら、肩一面に唇をおしあてました。」(p37)

 この女性こそトゥール郊外のクロシュグールドに住むモルソフ伯爵夫人だったのである。この女性に魅入られた「私」はこの谷間の土地にある屋敷に入り浸りになる。

 伯爵夫人とは言ってもまだ若く気高い美しさと高い宗教的精神性(この場合はカソリックですね)、さらには実務的能力を持った彼女も、将来は国政をも左右する資質を「私」に認め、愛情を抱く。しかし彼女は病弱な二人の子ども(ジャックとマドレーヌ)を育て、そして何よりも革命とナポレオンの時代に王政復古を目指してフランスを離れていた「亡命貴族」で無能で自己本位なモルソフに苦しめられていた。

 夫人もこの情熱的な若者の愛に応えたかったのだろうか?しかし表面上は 二人の関係は言わば姉弟のようなもので「私」の激しい欲望にもかかわらず、夫人は私を伯母が呼んでいた「アンリエッタ」という名前で呼ぶことを許してくれただけだった。

 夫人の心と肉体はカトリック的道徳に呪縛されていたのか?それともこれは「私」の描き出した妄想か?

 やがて夫人の親身なアドバイスに従いパリの社交界にデビューし国王陛下の側近として使える身となった「私」だったが、モルソフ夫人への想いはつのるばかり、他方彼女は健康を害し、死の床につく。彼女ははたして肉欲から解脱した宗教的高みにまで達したのだろうか?そうであるようでもありそうでないようでもある。

 現代のしかも日本の読者にとってはじれったく長ったらしい描写が続くが、この一見単純な物語も二重三重の仕掛けがほどこされていて、複雑でさまざまな解釈ができる謎が隠されている。この小説自体がモルソフ夫人ではない別の女性に宛てた書簡なのである。

 またモルソフ夫人(アンリエッタ)と対照的な女性として登場するのがイギリス人のダドレー夫人であるが、英仏女性批評ひいては英仏文化比較にもなっていて読みどころのひとつである。


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