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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006090001 | 山本周五郎 | ちいさこべ | 1957 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2006/09/08 公開日:2006/09/10
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逆境に耐えて生き抜く人たち−山本周五郎の4作品を収録 |
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山本周五郎(やまもと・しゅうごろう、1903-1967)ほど広く長く読み継がれている作家も珍しいのではないかと改めて気づいた。 私自身は「大衆文学」として軽視していたようなところがあって、そんなに読んでいないのだが、今回この新潮文庫の作品集の表題作「ちいさこべ」がNHKでドラマ化(小澤征悦/上原多香子主演)されたのをきっかけにして読んでみてその認識を変える必要があるなと思ったのである。 @ 「花筵」(1948、労働文化社) 舞台は大垣藩。お市は陸田(くがた)家に嫁入りして七ヶ月、夫の信蔵(しんぞう)、姑の磯女(いそじょ)、(年齢は上だが)義弟の辰弥や久之助とともに実家の奥村の堅苦しい家風とは違うのんびりした暮らしを楽しんでいた。 ところが夫や久之助たちはどうやら藩政改革の運動に携わっているらしい。お市はすでに新しい生命を宿していた。そんな危険な運動から手を引いて欲しいと懇願する彼女に夫・信蔵は「・・・それは人間ぜんたいの義務だ」と答える。 そしてやってくる反改革派による弾圧、お市は磯女、辰弥とともに家を脱出、女児を生むが、洪水に遭ったりして苦労を重ねるが、夫たちの行方は知れない。お市は逃亡先で花筵の意匠に才能を発揮するが・・・。 設定されている時代は江戸時代だが発表された戦後すぐという時代背景が色濃く反映されているようにも思える。 A 「ちいさこべ」(「講談倶楽部」1957年11月号、新潮社『山本周五郎小説全集第30巻』(1969)に所収。) 大工の「大留」(だいとめ)の跡継ぎ、茂次(しげじ)は川越へ出仕事に行っている間の江戸の大火で両親と店・住居を一挙に失う。「大留」再建のため世間の助けをできるだけ借りず自力で立ち直ろうと奔走する茂次だった。いっぽう大火で両親を亡くした孤児たちが大留の仮小屋に住み着く。その世話を買って出たおりつ(18)は幼いころから苦労をしてきた娘だった。近くで焼け残った福田屋久兵衛の娘おゆうも手伝いを申し出るのだが・・・。 まあとにかく孤児の話というだけでグッとこみ上げてくるものがある。こういう話には弱いのである。まあなんだな、つまり手前の仕事をして税金(運上)を収めているだけでは駄目だっていうことよ。題名の由来は読んでのお楽しみ。 B 「ちくしょう谷」(「別冊文藝春秋」1959年4月号、文藝春秋新社『その木戸を通って』(1960)に所収。) 朝田隼人の兄・織部は部下の西沢半四郎と決闘をして即死した。西沢が決闘後勤務を命ぜられた通称「ちくしょう谷」と呼ばれる、元は流人村だった山間の地へ隼人は木戸番頭としての勤務を志願する。はたして隼人の意図は?藩からほとんど見捨てられ、文化を忘れ、獣のような暮らしをしているという「ちくしょう谷」で隼人が出会ったものは?差別問題という点では認識が甘いと批判可能であるかもしれないが、「宥し」という重いテーマに正面から取り組んだ作品でもある。 C 「へちまの木」(「小説新潮」1966年3月号、新潮社『山本周五郎小説全集第33巻』(1967)に所収。) 房二郎は旗本の家に生まれたが家を出て馬喰町の「文華堂」という瓦版屋で働くことになる。儲けを追求する「経営者」、職人たち、「商売」のため何でも売れる記事・読み物を書く記事屋たちの姿が生き生きと描かれている。おそらく現代の週刊誌などを念頭に置いて書かれたのだろう。房二郎は世間というものを知るのだが、深い虚無感が感じられる作品でもある。 しかし、いずれの作品も、逆境にあっても、人に裏切られても、ニヒリズムの誘惑に引かれつつも、自棄にならずに努力するというぎりぎりのところでの人間の行動・決断を描いている。これからもやはり長く読み継がれていく作家に違いない。逆に言えばこうした作品が読まれなくなるときはまさに日本人が「ちくしょう谷」に陥ってしまうということになるのかもしれない。 なお本書の当サイトでの刊行年の扱いは表題作の雑誌発表年、1957年とする。 |