感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2006080002 計見一雄 統合失調症あるいは精神分裂病 精神医学の虚実 2004 日本 講談社選書メチエ

評者:発起人    評価:9   読了日:2006/08/03   公開日:2006/08/04

精神病は「ただの病気」である−7300件の緊急精神医療に携わった職人的精神科医の講義録

 

 かつては精神分裂病と呼んでいた病気を日本精神神経学会は数年前から統合失調症と呼ぶことにした。別に著者の精神科医・計見一雄(けんみ・かずお、1939-)はそのことに反対しているわけではない。

「精神分裂病、そしてその他の精神病はただの病気にすぎない。だから侮りの対象にも、その反対の神秘化の対象にもするべきではない。・・・まして、この病気を扱う医者が人間の精神活動について何か特別の知識や指導性を持つかのように錯覚するのは大いなる過ちである。」(p1)

 ところが、このような一見当たり前に見える見解も「我が国の精神科医療界では当たり前にはなっていない。」「ハンセン病とも共通する、差別・忌避・隔離への傾斜と、権力によるその強化が、要因の多くを占めることは言うまでもない。」(同)

 しかも、「・・・精神医学総体(全世界的にも)が、語るべき科学的な裏付けのある説明をいまだに持っていない。」(同)というのである。

 千葉県精神科医療センターで7300件の緊急入院患者とかかわってきた著者は自分なりの「説明」をするのが精神科医としての責任だと考えた。

 本書はそのような問題意識のもとに、主にナースや医師などの医療関係者を対象に2003年5月から2004年3月まで千葉県精神科医療センターでおこなった連続講義をまとめたものである。

 だから上で引用したような堅苦しい文章が並んでいるわけではない。(引用したのは「はじめに」から)実際に著者が体験した患者や著者自身・友人知人、芸術作品の例を縦横に使って、また古今の精神医学者、脳科学者、哲学者の考え方もわかりやすく紹介しながら、著者としての答えを逃げないで最後には提示している。

 論証が緻密だというわけではないが、豊富な臨床経験に裏付けられているためにその言葉には重みがある。経験豊かで腕のいい職人の話すような地に足のついた説得力と面白さがある。

 著者の真剣だが明るい人柄が伝わってくるような語り口も魅力のひとつである。人間が(広い意味で)運動行為を脳内で準備するときに発生する世界の絵が現実なのだという著者の考え方どおり、教義や常識に固執せず、停滞せず、行動するという姿勢もいい。

 精神科医が書く本と言えば、昔の主に外国の精神科医の学説をなぞったものとか、精神病から遠く離れて哲学風の思弁に沈潜しているようなタイプ、あるいは社会批評(というかテレビのコメンテーター)風の雑文が目立つ。しかし著者は最新の理論や脳科学の飛躍的進展をも視野に入れながら、実践(臨床)、すなわち病気を治すという行動的見地を離れない。

 著者のような精神科医がひとりでも多く増えることがこの病気の解明にも治療にも進展をもたらすだろう。

 電車で熟睡してほぼ9割方読み終わった本を失くし、あらためて買いなおして最初から読み直した私だがそれだけの価値はあった。


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