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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2006070006 ジークムント・フロイト 自我論集 1925 オーストリア ちくま学芸文庫

評者:発起人    評価:9   読了日:2006/07/30   公開日:2006/07/30

フロイトが格闘した「心の構造」モデルを原典から理解する

 精神分析の祖であり、精神医学のみならず広く哲学・思想・文学、ひいては社会全般に大きな影響を与えたジークムント・フロイト(1856-1939)の著作の中から「自我」に関する主要作品を集めたもの。竹田青嗣(たけだ・せいじ、1947-)編、中山元(なかやま・げん、1949-)訳。

 収められているのは次の8編:@「欲動とその運命」(1915)、A「抑圧」(1915)、B「子供が叩かれる」(1919)、C「快感原則の彼岸」(1920)、D「自我とエス」(1923)、E「マゾヒズムの経済論的問題」(1924)、F「否定」(1925)、G「マジック・メモ についてのノート」(1925)。(当サイト上の「刊行年」は1925年という取り扱いにした。)

 本文中に適宜訳者による注が、巻末には訳者の解題と編者の解説がある。

 もともとフロイトは臨床医として出発し、現実の患者たちと格闘しながら神経症などの心の病気を治療するために「自我」の問題を考えるようになったのである。何が心の病気を引き起こすのか、そもそも心はどのような構造をしているのか?しかし生物学的な知見は当時はいっそう限られたものであり、フロイトが提案したさまざまな概念装置も本人がたびたび断っているように仮説であり、矛盾する事象や発見に遭遇するたびに修正を加えられるべきものであった。

 本書からはフロイトのそうした知的格闘の後がはっきりと読み取れる。「意識」、「無意識」、「前意識」の心の三つの領野とそれぞれの交通を検閲する「抑圧」の存在という初期の単純なモデルではどうしても説明できない事例が出てきたとき、フロイトは慎重に、だがときには大胆に新しいモデルや仮説(原則)を導入する。

 その中でもっとも有名でありその分誤解も多いのは「エロス」(生の欲動)に対する「タナトス」(死の欲動)という概念であろう。(渡辺淳一先生などはおそらくこの「タナトス」をもとに『愛の流刑地』(2006)の冬香のような登場人物をでっち上げたのである。)

 ほかにも「超自我」、「エス」、「エディプス・コンプレックス」などフロイトの思想のキーワードを本人の著作から直接知ることは精神医学者でも思想家でもない一般の読者にとっても大きな知的興奮を掻き立てると同時に安易にフロイトの概念を振り回すことの危険性(「外傷」(トラウマ)などはその典型である)も理解できるだろう。

 入門本が大好きな私が言うのは気が引けるが、たいせつなのは原典にあたることなのである。

 もちろんフロイトの意図した臨床目的での貢献という点では最近はかなり旗色が悪いようであるが、デカルト以来の近代合理主義が前提とした合理的な自我という虚構を完全に打ち砕いたという意味での思想的衝撃は、竹田青嗣が博識を駆使して巻末の解説で述べているように消えることはないものと私にさえも思われる。

 自分とは何かなどと悩んでいる青少年諸君が、夏休みなどを利用してじっくりと読むのに最適の一冊である。また自分とは何かなどと考えなくなった人たちも思考の幅を広げるために、飲み屋でのネタを増やすためにお薦めの一冊である。訳文は新訳(とはいっても1996年出版だが)で読みやすい。(同じ中山元編訳の『エロス論集』もちくま学芸文庫から出ているので、私は読んでいないがこちらから入るのもいいかもしれない。)


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