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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006070001 | 有吉佐和子 | 不信のとき | 1968 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:9 読了日:2006/07/03 公開日:2006/07/03
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男女の不信と愛を描く悪夢のような傑作−米倉涼子主演で連続ドラマ化 |
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この感想文をご覧になっている紳士の皆さん、世の中何が怖いって、妖怪変化や天災の類のものをご想像なさるのはまだまだ甘い、あなたがそこから生まれてきて、なんとかして仲良くなりたいものだと日夜、陰日向に努力をされている女ほど怖いものはないのである。(もちろん私・発起人は紳士ではないのでそんなことはありません。) その紳士にとって怖い女の作家、有吉佐和子(ありよし・さわこ、1931-1984)が書いた本書は当初「日本経済新聞」に連載され(昔はこの新聞の連載小説も質が高かったんだね)、1968年に単行本として出版された。もちろん今読むと当時の世相や流行を取り入れていることから感じる一種の古さは感じるが、紳士にとってはホラー小説真っ青の緊張感を与える第一級のエンターテインメント小説になっている。 おそらく、この小説に登場する女性たちのように強くないという女性読者にとってはだまされた男たち(がいればだが)を思い出して快哉を叫びたくなる痛快うっぷん晴らし小説にもなっている。 いやそんなに単純な、男がいいか(悪いか)女がいいか(悪いか)という薄っぺらな読み方にとどまってはいけない。 何よりもこの小説の巧みなプロットと徐々に高まり最後に急展開する結末にまで持っていく盛り上げ方、下手な推理小説やサスペンス小説が到底及ばない謎と不安のあおり方は、男の視線から描かれている小説ではあるが男女の性別を超えて、手に汗握る興奮と上質のエンターテインメント小説を読む喜びを与えてくれるだろう。 大手商社の宣伝部に勤める中年男浅井義雄は道子と結婚して十五年経つが子どもがいなかった。特に欲しいとも思わなかったが、銀座のバーで働くマチ子と出会い、負担はかけないから「子どもが欲しい」と誘われ請われるまま娘を作ってしまう。ところが不妊症かと思っていた道子も息子を出産する。浅井は部長に昇進し仕事も順調、二人の子どもたちを可愛がる二重生活が始まるが・・・。 いったい女というのは何を考えているのだろう?男はどうしてこう浮気性なのか?女は自分の子の父親がわかるが男にはそれは永遠に知ることのできない謎なのか?小さい子どもが(誰の子どもであっても)可愛いのはなぜなのか?氏より育ちか?その逆か?など普遍的なテーマがこの傑作の骨格としてあり、また性愛と生殖の分離、それを可能にする医学の発展、つまり「人工授精」がこの小説で絶妙な仕掛けとして使われていて、仕上がりをさらにすばらしいものにしている。 出版直後(1968)に映画化(若尾文子、岡田茉莉子、田宮二郎)され、1984年にはテレビドラマ化(十朱幸代、加賀まりこ、渡瀬恒彦)された本作品、さらに今週の木曜日(7月6日)からは「不信のとき〜ウーマン・ウォーズ〜」として同じフジテレビ系で再ドラマ化、放映される。(こちらは米倉涼子、松下由樹、石黒賢、杉田かおる、石田純一、小泉孝太郎など出演)こちらのほうはどうだろう?2006年版の解釈は? |