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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006050010 | 米沢富美子 | 人物で語る物理入門(下) | 2006 | 日本 | 岩波新書 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2006/05/30 公開日:2006/05/30
| 原爆や政治に翻弄される下巻の物理学者たち−知的好奇心を刺激する好著 | |
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『(上)』(2005)で挫折するかと思ったが、いちおう読み通した。 下巻での主人公たちは、8章:アインシュタインA(一般相対性理論)、9章:ボーア、10章:ハッブル、11章:キュリー、マイトナー、12章:オッペンハイマー、13章:湯川秀樹、朝永振一郎、14章:バーディーン、15章:ゲルマンとなっている。 上巻のラインナップにくらべるとやはり時代が新しいだけあって知名度は落ちるかもしれないが、人類の知識をマクロにもミクロにも大きく拡大した人たちである。核分裂を利用した原子爆弾の開発に組み入れられた学者もいる。開発に直接携わらなくても後戻りのできない地点にまで、新たな神(悪魔?)の火を人類にもたらした人たちであるとも言える。 著者の米沢富美子(よねざわ・ふみこ、1938-)は、 「科学の成果を利用する時点で既に、決定権は科学者の手を離れています。科学を良い技術に生かすか、好ましくない技術に応用するか、それを決めるのは一般市民であり、市民を代表する政治家であり、市民の意向を無視しては成り立たない企業であるのです。責任は、すべての市民で負うべきものになっています。」(p181-2)と書いている。 まあアインシュタインと同等に扱われてもとは思うが、基本的には正しい主張である。 さて、加速度的に新しい発見がなされ、知識が蓄積されたとはいっても、まだまだ人類にわからないことのほうが圧倒的に多いのである。謎が謎を呼ぶという展開はますます複雑で驚きに満ちたものになっている。 まったくなんの寄与もできない私であるがこれから自分が生きている間にいったい宇宙についてまたはミクロの世界についてどんなことがわかってくるのか興味はつきない。小学生のころ星空を眺めて気が遠くなるほど遠い(昔の)光を見ているのだと知ったときの感動というか絶望感がよみがえってくるのを感じたのである。 著者のあとがきによれば、この本上下巻で、科学史、力学、光学、電磁気学、熱力学・統計力学、特殊相対論、一般相対論、量子力学、宇宙論、原子核物理、素粒子物理、物性物理と大学で教えられる物理学の内容をほぼカバーしているらしい。 「物理の楽しさを伝えたい−ただそれだけが、本書執筆の動機でした。」(p235)という著者の意図は十分達成されていると思う。 |
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