感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2006050009 米沢富美子 人物で語る物理入門(上) 2005 日本 岩波新書

評者:発起人    評価:7   読了日:2006/05/28   公開日:2006/05/28

天才物理学者たちの「追っかけ」でわかる物理学?−上巻はアインシュタイン@まで

 

 本が2冊に分かれている場合、2冊全部読み終わってから感想文を公開するのが私の通常のやり方だが、物理学者・米沢富美子(よねざわ・ふみこ、1938-)の書いた本書の場合、下巻まで行き着けるかいささか心配であるので上巻の感想文を載せておく。

 全体は7章に分かれていて、1章:アリストテレス、アルキメデス、プトレマイオス、2章:コペルニクス、ガリレイ、ケプラー、3章:ニュートン、4章:ホイヘンス、5章:マクスウェル、6章:ボルツマン、7章:アインシュタイン@(特殊相対性理論)という構成になっている。

 もちろん上記の物理学者たち以外も登場するが、各章の主人公たちは人類の自然に関する知識・理論を拡大し(あるいは)実証した一握りの天才たちである。

 著者自身が物理学者であることからこれら偉大な先達たちへの想いはまるで「追っかけ」と言ってもいいほどの愛情さえ感じられるものである。

 だが数学を使わないで物理学の理論を解説するというのはやはり至難の業である。著者はそうした限界をあらかじめ踏まえた上で可能な限りわかりやすく、親しみやすく、取り上げた物理学者たちの苦悩や人間的な側面をさまざまなエピソードを織り交ぜて、解説してくれるので、なんだかそうした天才たちの気分を1ナノメートルぐらいはわかったような気になる。

 哲学・思想系の人たちが形而上学的な議論を繰り広げているのに対し、現代に近づけば近づくほど、そのような議論は物理学の世界では意味を持たなくなっているのではないかということを(どちらにも)素人の私は感じたのである。たとえば地上デジタルTVや携帯電話など現実に私たちが利用しているものも、こうした学者たちの(もちろん今や否定されている説もあるが)業績なしにはありえなかったのである。思弁ではなく、実験・観察・仮説・検証を経て現実を動かしている学問としての物理学の優位性を感じた。

 また、古代ギリシアからコペルニクスまでの長い停滞について(この本では第1章と第2章との間)、それとは対照的にその後の知識拡大・発見のスピードの加速度的増大(それを支えた伝達・共有化の進展)ということについてもあらためて考えられさせた。

 さて、『(下)』(2006)は読み通せるか。


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