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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006050002 | 山本一力 | 背負い富士 | 2006 | 日本 | 文藝春秋 |
評者:発起人 評価:5 読了日:2006/05/04 公開日:2006/05/05
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清水の次郎長?森の石松?誰だっけそれ?
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いや、私もそうだったんだけどね、森の石松とガッツ石松の区別はついてもその(もちろん森の石松の)親分だった清水の次郎長といわれると、いったいどういう人だったかよくわからなかった。 お正月のテレビのスターかくし芸大会などで「江戸っ子だってねえ」「神田の生まれよ」「鮨食いねえ」などという場面があり、鮨をすすめているのが森の石松だったような気がする。 また、♪清水湊の名物は〜、お茶ぁあと〜などという歌が出てきても、どういうわけか♪粋な小政の粋な小政の、でっかい夢がある〜などと春団児の歌で終わってしまったりするのである。 つまり、私もまったくこの海道一の大親分と言われた人物については知識ゼロであったのである。 山本一力(やまもと・いちりき、1948-)のこの本、その清水の次郎長を主人公とした作品である。題名は富士山を背景にまるでこの美しい山を背負っているようなスケールの大きな人物であったということを示しているらしい。 清水湊の船持船頭・美濃輪屋三右衛門の次男・長五郎(後の清水の次郎長)と鮮魚屋やま魚の次男・音吉は同じ文政三年(1820)の元旦に生まれた。三右衛門の内儀、とよ(長五郎の実母)の弟次郎八はやま魚の隣にある米屋甲田屋の主であるが子宝に恵まれず、長五郎を養子に貰い受ける。 音吉は次郎八が米相場であぶく銭をつかんで地道な商売や家族を省みない状態になったとき四百両を越える大金を盗み出し江戸へ出奔したときも、戻ってきて勘当されたときも、浜松へ行って米相場で盗み出した金以上の利益を上げたときも長五郎につき従い、三国志の諸葛孔明気取りで主に次郎長を実務的に支える。 小説全体が音吉が明治二十六年(1893)の大晦日から翌年の元旦にかけて、東京から訪ねてきた二人の聞き手に次郎長のことを語るという格好になっているのだが、すでに老境に入っている音吉の記憶のせいか、作者の手抜きのせいか、それとも私があまりにも知らなさすぎるせいか、さまざまなエピソードは語られるのだが、なぜ次郎長が博徒の貸元となったのか、大政・子政などの子分たちとどのようにして出会ったのかなどは描かれていない。 森の石松との出会いは描かれていて、その死、一家による復讐作戦はこの作品のひとつの山場ではある。 喧嘩と酒に強く、肝の据わった、身内や弱者には優しい大親分といわれても、結局は賭博の胴元だったのではないのか。明治維新後は新政府から清水湊あたりの治安をも任され、山岡鉄舟(勝海舟)とも交流があったというこの渡世人のいわば暗黒面についてこの小説ではほとんど触れられていないのである。 6月1日〜8月27日まで、連続10回放送予定のNHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」(脚本:ジェームス三木、出演:中村雅敏、田中美里、山本太郎、草刈正雄、小林稔侍ほか)の原作であるという理由で私は読んでみたのであるが、ドラマで見たほうがおもしろいかもしれない。 清水の次郎長の愛妻お蝶は病に倒れるのだが、後妻、三人目の妻にもお蝶の名を継がせ、二代目お蝶、三代目お蝶と呼ばせているのが面白い。 |