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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006040008 | 竹内一郎 | 人は見た目が9割 | 2005 | 日本 | 新潮新書 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2006/04/18 公開日:2006/04/23
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自分をうまく伝えられない、他人の気持ちが読めないと悩む人たちにお勧めの一冊
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私・発起人のように本についてのウェブサイトなどを作っている類の人間には言葉というものへの信仰が抜き難く存在している。それは認めよう。言葉しかないでしょ、結局と思う傾向がある。 しかし、「私たちは「本をたくさん読む人」の中に、人望もなく、仕事もできず、社会の仕組みが全く理解できていないと思える人がたくさんいることを知っている。」(p19)アタタ、それはつらい指摘だな。認めよう。 アメリカの心理学者アルバート・マレービアン博士によると、人が他人から受け取る情報の割合は、 「 ○顔の表情 五五% ○声の質(高低)、大きさ、テンポ 三八% ○話す言葉の内容 七%」(p18) だそうである。 私たちはこの7%以外のいわゆる「ノンバーバル・コミュニケーション」をあまりにも軽視していないか、これについて考えないといろいろ損をすることもあるし、ちゃんとコミュニケーションできないよという著者・竹内一郎(たけうち・いちろう、1956-)は舞台の演出・俳優教育や漫画の原作などもやっている、いわゆるこの道のプロである。 言葉だけでは内容が伝わらないのは著者にとって自明のことである。著者は漫画や舞台などから豊富な例をあげて、人は言葉以外で何を感じ取るのかをわかりやすくおもしろく(しかも言葉で)解き明かしてくれる。 話はさらに日本の文化の特徴にまで及ぶ。たとえば、 「・・・日本にそもそも「わからせなくてもよいのだ」という伝統があるからだ。例えば、西田幾多郎や、小林秀雄、渋沢龍彦、蓮見重彦などの文章を思い出してみればよい。日本の代表的知識人に、わかりやすい文章を目指していない人のなんと多いことか。」(p94)→なるほど、わからなくて当然だったんだ。 また、 「「流れる」文化は、自分を主張する必要性を減衰させる。平均的日本人は、頑張っても頑張らなくても、結局同じという感覚を持っている。大企業や、役人を交えた会議に出ると、発言しても発言しなくても結果は同じだな、と思えるものが殆どである。」(p104)→その通り、でもそういう感覚をいちおう隠していて、皆も隠しているのをお互い知っているんだよね。だから言葉はいらないんだ。 「書物による知識も大事だが、同じように、巷を見渡すことで習得していく知恵も無視できない。言葉以外の要素がこんなに多くの情報を伝達しているのか、と感じていただけたら、取りあえず私の思いは伝わったことになる。」(p190) 演劇などの世界では常識的なことの羅列なのかもしれないが、私にはいやほんとに目からウロコのコミュニケーション論でした。 この本のタイトルはよくできている。中身はなくても見た目を良くすればOKなんだというようにも読めるし、また「人を見かけで判断してはいけない」という昔から大多数の人に刷り込まれたモラルに反する主張をしているようにも思えるからだ。 ん?けしからん、人間中身が大事なんだよと怒ってこの本に手を伸ばす読者は、実は自分の気持ちが相手に伝わらない、自分は相手の気持ちを読めないということを日常的に体験しているので拾い読みしているうちにふんふんなるほどと引き込まれてつい買ってしまうのである。 |