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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006040004 | 加納朋子 | てるてる あした | 2005 | 日本 | 幻冬舎 |
評者:発起人 評価:9 読了日:2006/04/10 公開日:2006/04/10
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自立することの喜びと苦しみ−ニート対策にどうだ?
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前作の『ささら さや』(2001)に続く加納朋子(かのう・ともこ、1966-)の佐々良(ささら)シリーズである。 本作の語り手の「私」(雨宮照代)はたったひとりでこの田舎町・佐々良(ささら)にやってきた。持ち物はバッグひとつ。両親はいわゆる多重債務者である。取立てを逃れるため、美しい母親と彼女を賞賛している父親は一人娘で中学を卒業したばかりの「私」をこの町に住む「遠い親戚」だという鈴木久代のもとに送りだしたのだ。手渡されたのはプリペイドケータイひとつ。 せっかく受かった第一志望の高校にも親が入学金を払わなかったために入れず、「私」は怒りと不安でいっぱいになって佐々良にたどり着いた。 そう、前作で夫を失った若い未亡人サヤと一人息子のユウ坊が、「三婆」(お夏、久代、珠ちゃん)や派手な母親エリカとその息子ダイヤなどが住んでいる町である。「私」が頼ったのは「三婆」のひとりで元教師の久代婆さんだった。久代さんは一人暮らし、教師時代からの厳格な性格は今も変わらず、「魔女」そっくりで、「私」を突き放す。食べ物の好みも暮らしぶりも「私」には合わない。 ひたすら母親からの連絡を待っていた私には一度電話があったきりでそれ以来連絡も途絶えてしまう。差出人不明のメールのメッセージは、 「てるてる あした。 きょうはないても あしたはわらう。」という意味不明のもの。 とにかく「私」は自活しなければならない。アルバイト先を捜し、佐々良高校への入学準備をしなければならない。「私」はその過程でサヤ、エリカとその幼い子どもたち、佐々良高校1年だがいつも学校をさぼっている「エラ子」、「スエヒロ電気」の「松っちゃん」、バイト先の人たちなどと知り合うが同時に久代さんの家に現れる小学生ぐらいの暗い女の子の「幽霊」も目撃する。 子どものときの体験に精神的に傷つき世の中を恨み、向上心を失い、生活すること、勉強すること、働くことができない若者が増えているという。この小説で悲惨な境遇に置かれた主人公の「私」の葛藤を理解し、ほんとうの意味で優しく接してくれたのは誰だったのか? 不思議なことが起きるこの佐々良の町で「私」は貴重な一年を送り、生と死を、生活を、そしてなによりも「人の心」がわかる女の子に成長するのである。 ううむ、ちょっと「スピリチュアル」かかってないかと感じられるところもあるが最後の泣かせ所もベタベタせず凛としてさわやかである。前作に比べて生活すること、自活することの厳しさが前面に出ているが、このことからも軽薄な癒しと涙に逃避しない作者の決意が感じられる。ミステリー色はほとんど消えうせているが、全体がひとつの大きなミステリーであるという読み方もできる。 テレビ朝日系で4月14日から毎週金曜日23:15に放送される「てるてるあした」(黒川智花、木村多江ほか出演)の原作 であり、私発起人の2006ドラマ化原作シリーズ第9弾でもある。 |