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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2006030001 | 津島佑子 | 火の山−山猿記 | 1998 | 日本 | 講談社文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2006/03/21 公開日:2006/03/24
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甘える/甘えさせるのが好きな人にお奨めの大河(山)小説−NHK朝の連続テレビ小説「純情きらり」の原案
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4月スタートのNHK朝の連ドラの「原案」である。私発起人の2006ドラマ化原作シリーズ第8弾である。 考えてみると、どんな小説でも好き嫌いはある。体調やそのときの環境によって受け入れられるときとそうでないときがある。しかし、次のような人たちには絶対お奨めしたい傑作である: @ 山梨県民および富士山崇拝者 タイトルの「火の山」とは活火山・富士山のことである。またこの小説の主要登場人物は有森家の人たちをはじめその後どこに住もうが、生まれた土地で見た富士山や南アルプスの風景をその身体と心に焼き付けて生きている。さまざまな美しい石と風景を生み出す富士山とその生命力が主人公たちの黄金時代の幸せなイメージに重なっている。ほうとうや葡萄を食べ武田信玄を愛する山梨県民、その関係者、富士山愛好家にとって必読の書であると言えよう。 A 太宰治愛好家 著者の津島佑子(つしま・ゆうこ、1947-)は太宰治(だざい・おさむ、1909-1948)の次女であるが、当然父の記憶は皆無に等しいだろう。この小説で有森家の笛子と結婚する画家の杉冬吾が太宰をモデルにしていることは明らかであるが、作者の手による解釈(愛憎の表出)が加えられている。芸術家としての才能は抜群であっても冬吾は生活者としてはまったくの無能者であり、酒・女・ヒロポンに溺れ、いつも何かに怯えている。冬吾を崇拝し生活・子育てをすべて引き受ける笛子はほかの有森家の姉妹たちと同様に賢く強く、生命を(血を)次の世代に引き継いでいくのである。 ところで笛子・冬吾の長女、加寿子のモデル(津島園子)の女婿が現在田中派を祖に持つ橋本派を引き継いだ自民党津島派(平成研究会)会長の津島雄二である。笛子・冬吾の次女・由紀子が作者自身の分身である。 B 甘えるのが好きな男/甘えさせるのが好きな女 この小説に出てくる男たちは主な語り手である有森家の末っ子・勇太郎をはじめ行動的で美人、賢い姉たち(駒子、照子、杏(もも)子、笛子、桜子)や親戚に全面的に甘えている。兄弟姉妹たちの親たちにはまだ残っていた男の威厳などというものは勇太郎の代では消えうせていて、戦争や病気などの不幸にも負けず、自分の才能や希望をも犠牲にしてとにかく男の兄弟を東大に入れて、「戸主」に仕立て没落傾向にあった有森家を再興しようとするのである。男から見ればけなげであり、甘えさせてくれる女たちである。女たちはそれでは自己犠牲に耐え忍んだのか?いやそうでもないのである。不幸な目に会っても相変わらず「だめ」(に見える)兄弟や夫、自分の子供たちを甘えさせるのが楽しいのである。 C NHKの朝の連ドラを見ることのできる幸福な人たち さてドラマのほうは、「ヒロイン」は桜子役の宮崎あおい、父・源一郎に三浦友和、杏(もも)子に井川遥、母・マサに竹下景子、笛子に寺島しのぶ、勇太郎には松澤傑、桜子たちのオバ、イソに室井滋などの配役が決まっているようである。 小説のほうでは戦前の言論弾圧や日中戦争、太平洋戦争、空襲、原爆、敗戦、食料不足など日本の暗い時代が背景として克明に描かれているが、さてドラマのほうはどうなるか?またこの小説はアメリカに移住した勇太郎の晩年の日本語で書かれたメモワールを孫のパトリス・勇平が友人たちの助けを借りて読み解いていくという複雑な構成を持っているがそのあたりはきっぱり一人称あるいは三人称的に表現されるのだろうか。 朝から暗くてややこしいドラマはやめろよなどと言われないよう「純情きらり」などという意味不明のタイトルを採用していることから推して知るべしか。 しかし、こうやって見てくるとこの小説おそらく日本国民の90%ぐらいの人にはある程度の満足を与えるのではないかと思う。私がその90%に入っているかどうかは触れずにおく。(中島義道が90%に入っていないことは明らかであるが・・・。) |