感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2006020005 舞城王太郎 好き好き大好き超愛してる。 2004 日本 講談社

評者:発起人    評価:8   読了日:2006/02/26   公開日:2006/02/26

小説家・舞城王太郎の基本姿勢を表明した作品?

 

 しばらくご無沙汰していた舞城王太郎(まいじょう・おうたろう、1973-)を読んでみた。たしか8作目にあたるこの本のあと、この謎の作家は『みんな元気』(2004、新潮社)を出しただけで、今日まで単行本というかたちでは沈黙している。

 表題作の「好き好き大好き超愛してる。」にはこの作家の小説に対する基本的な態度や考え方を宣言したと思われる記述が冒頭に置かれている。

「 人はいろいろな理由で物語を書く。いろいろなことがあって、いろいろなことを祈る。そして時に小説という形で祈る。この祈りこそが奇跡を起こし、過去について希望を煌めかせる。ひょっとしたら、その願いを実現させることだってできる。物語や小説の中でなら。」

 どんな物語?最初に置かれる「智依子」ではASMA(アズマ)という寄生虫に冒された智依子(ちえこ)と恋人の僕(巧也)の物語。

 そのあと「柿緒T」→「佐々木妙子」→「柿緒U」→「ニオモ」→「柿緒V」という表題がつけられた部分でこの物語は構成されている。骨肉腫で死んだ(死につつある)恋人柿緒(かきお)への小説家の「僕」(治)の心情を綴った部分が核をなしている。その間に挿入される物語はそれぞれ独立していて関連については何の説明もないが、恋愛と死と祈り(としての小説)というテーマは共通しているように思われる。(治が柿緒の病室で綴った物語が挿入されているとも読める。)

 しかしそこは舞城王太郎であるから、会話や筋のはこびは破天荒ではある。しかしそういう部分にこそおもしろさを感じていた私などの読者にはこの作品の全体を貫く真剣さというか禁欲的姿勢の強調に物足りなさを感じる。

 むしろもう一編の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」のほうがその疾走感とエロス感覚で私にはおもしろかった。福井県西暁町で脳にドライバーを差し込まれた「俺」は混濁する意識の中で東京都調布市の「中学二年生、世界を救う少年、村木誠」になる。「村木誠の頭の左上には穴が空いている。」毎日のように敵と戦い、世界を救っている村木誠の世界に西暁町の「俺」の世界は存在するのか?それともこれは西暁町の「俺」の脳内世界なのか。めくるめくような感覚と快感描写で一気に読ませる作品である。

 本人の描いたイラストもカラーで収められていて、二作品の活字の組み方・書体や印刷用紙も異なるという凝った作りの本である。


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