|
感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005120002 | 司馬遼太郎 | 功名が辻 | 1965 | 日本 | 文春文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2005/12/14 公開日:2005/12/16
|
平凡な男を一国一城のあるじに仕立てた女性の物語−2006年度NHK大河ドラマ原作
|
|
戦国時代、野心のある男は出自はどうあれ、優秀な主人に仕え、戦場で武勲を立て、やがては一国一城のあるじになることも夢ではなかった。天下を取った豊臣秀吉やその後を襲った徳川家康もその天才と努力で権力を握ったのである。 司馬遼太郎(しば・りょうたろう、1923-1996)はこの時代を舞台にした小説を何篇も書いている。私が読んだものだけでも、『国盗り物語』(1965-66)、『関が原』(1966)、『城塞』(1971-72)、『覇王の家』(1973)などがあり、著者の関心は、そして読者の興味も政治・軍事・経済・外交などの言わば「大きな歴史」にあったように思われる。(だから読者は多分圧倒的に男、しかもおじさんである。) しかし、2006年度NHK大河ドラマ原作(仲間由紀恵、上川隆哉他出演)であるこの『功名が辻』(1965)では同じ時代を扱いながら、主人公はたいして軍功もなく、ただまじめ(誠実)だけが取り柄という山内一豊とその妻・千代である。 織田信長に仕える山内伊右衛門は五十石の馬廻役(近衛士官)であるが、極貧からとにかく身を起こし、その姿から「ぼろぼろ伊衛門」という異名を取っている。その伊 右衛門が二十二歳のとき美濃で評判の美人、千代を娶ることとなった。(永禄十年=1567年) 千代は美人であるだけではなく、何よりも知性があった。初めて結ばれた夜、千代は伊右衛門、後の土佐二十四万石初代藩主山内一豊に誓う: 「およばずながら、山内伊右衛門一豊様が、一国一城のあるじになられますまで、千代が懸命にお助けいたします。その誓いを、この夜、たてたかったのでございます」。 こう書くと何だか夫の尻を叩いて出世を煽るタイプのように思えるが、千代の「夫操縦法」は群を抜いていた。権力者が交代する前に夫自らの判断であるように思わせて信長→秀吉→家康と仕える主人を変えさせるのである。 貧窮のときにも明るい。 「妻が陽気でなければ、夫は十分な働きはできませぬ。夫に叱言をいうときでも、陰気な口からいえば、夫はもう心が萎え、男としての気おいこみをうしないます。」と母から教えられているのである。 伊右衛門がどうしても欲しかった名馬を手鏡に隠した「へそくり」黄金十枚をポンと投げ出して買わせる有名な逸話も登場するが、作者はもちろん「内助の功」を教えたかったわけではない。打ち続く戦乱の中での武将としての出世とともに伊右衛門は厭世感にとらわれたり、土佐にお国入りをするときに土着の勢力と対立、残虐な計略を千代に相談せずに実行したりもする。 男の子どもっぽいエゴイズムや身勝手を満足させる小説だとも言えるが、作者は「大きな歴史」ではなくこの夫婦(=家庭)に焦点を当てることで、天下統一と徳川政権の誕生という時代をより立体的に描くことに成功したのである。 |