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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005110004 石原千秋 国語教科書の思想 2005 日本 ちくま新書

評者:発起人    評価:7   読了日:2005/11/12   公開日:2005/11/13

無色透明と思いがちな国語教科書に隠された思想を鋭く暴く

 

 教科書問題というと歴史教科書が取り上げられることが多い。それでは歴史教科書以外に問題は無いのか?読み書きを教えるすべての教科の基礎である、つまりおもしろくはないが無色透明なんだろうと思ってしまう国語教科書に問題は無いのか?

 小中学校で使われている国語教科書を「テクスト分析」という手法を使って「批評」しようというのが、著者の石原千秋(いしはら・ちあき、1955-)の本書における意図である。

「・・・いかにも「善意」に支えられたソフトな装いを保っている国語に隠されたイデオロギーを暴き出しておくこと」も「・・・大切な仕事であるべきはずだ。」(p011)と著者は述べている。

 現実に使われている教科書の「批評」によって浮かび上がってくるのは、次のようなことである。「全体にかなり昔の、しかも田舎に住む小学生がイメージされている」(p076)つまり「自然に帰ろう」というメッセージである。主人公たちも動物が多い。「どうやらこの国語教科書は、・・・進化論を逆に辿らせたい(?)のではないかと思わせる節さえあるのだ。」(p080)

 「動物化」は「受動的で与えられた環境に対して従順な「人格」を作り上げることに一役買っている可能性が高いのだ。」(p084)

 「「田舎」は良いという発想」、「現代文明と都市への強い嫌悪」(p093)は「いかにも保守的な心性を育てる土壌になってはいないか」(p097)。

 さらに教科書教材には父がいない。この「父の不在」は、「<母=自然/父=文明>というあの図式」(p103)と結びついており、「「動物化」と抗う社会の秩序を「父」に代表させるような、古い家族主義的イデオロギー」(p104)である。

 つまり読み書きを教えるという国語の仮面の下にはこうした「道徳教育」が隠されているというのである。

 そしてこうした「道徳」の押し付けが、国際的に通用する読解力の強化という視点とは無縁なものであるということを著者は強調する。

「私がこの本で主張したことはたった二つしかない。一つは、いまの国語教育は道徳教育に傾きすぎているということだ。もう一つは、国語教育に「批評」という高度な精神活動を導入すべきだということである。道徳教育で押さえ込むのをやめて、「批評」活動を通して「個性」を育てる方向へシフト・チェンジしなければ、日本はもう世界で生き残れないのではないだろうか。」(p200)

 誰も国語教科書なんて熱心に読んでいないんだから、やらせとけば?という気がしないでもないが内申書制度などもあり、そのような発想を小中学生が持ちにくい現状があるとすれば、著者の仕事には大きな意味があるといえる。


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