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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005080003 | 幸田真音 | 小説ヘッジファンド | 1995 | 日本 | 講談社文庫 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2005/08/05 公開日:2005/08/05
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市場(マーケット)に挑むディーラーたちの熱い世界を描く
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たまにはビジネスや金融に関する本も読まねばならぬ、しかし入門書や解説書では面白くないと思い手にとった本書『小説ヘッジファンド』(1995、単行本時の題名は『回避(ザ・ヘッジ)』)は外銀でトレーダーなどの経験のある幸田真音(こうだ・まいん、1951-)のデビュー作である。 とにかく金融の世界はわかりにくいものである。ただでさえわかりにくいのに、株式や為替、債券などの普通の金融商品の売買に加えて、こうした売買によるリスクをヘッジ(回避)するための金融商品(オプションや金利スワップなどのいわゆるデリバティヴ=派生商品)まで出てくるとフツーの人にはまったくわからなくなるのである。 しかし、世の中には投資家から資金を預かり、こうした複雑な商品を売買して収益を上げる仕事をしている人たちがいる。これがいわゆるヘッジファンドである。 この小説では作者を思わせる元外銀トレーダー/セールスをしていた高城智子、元邦銀の若いディーラー岡田隆之、元生保ファンド・マネージャーの田村美樹彦などの登場人物が「Dファンド」と呼ばれるヘッジファンドで市場(マーケット)を相手にポジションを取って挑戦する。頭脳を酷使し、理論を練り上げ、情報を収集し、最新のコンピュータ・システムを駆使し、リスク回避策を張り巡らし大勝負をしかけるのである。 裁定取引(アービトラージュ)と呼ばれる理論価格と実態価格との間隙を競争者よりいち早く察知・計算して利鞘を稼ぐ取引は時間との勝負であり、上質のサスペンスにも似た興奮を読者にも引き起こす。 この小説が書かれたときは今よりさらに官僚による規制は厳しく、また国内金融機関はこの金融工学を利用した分野のすべてで外資に負けていた。ヘッジ・ファンドは悪者扱いされ、円高やそれによる輸出企業への打撃がすべてこれら「悪辣な」国際金融資本のせいにされたこともこの小説のようにあったように思う。 しかしすでにこういう仕組みはできてしまっているのであり、しかも日々精緻なものになっているのである。私ごときにも「ノーベル賞を受賞したオプション取引のご案内で・・・」などという怪しげで意味不明な電話がかかってくるご時世である。何か悪者を作ってそいつに非難を集中させることほど使い古されたしかしそれだけ有効な責任回避(ヘッジか)手段は見当たらなかったのだろう。 この小説を読んで金融市場の厳しい実態の一端を覗いて楽しむか、あるいは若い人ならディーラーの道をめざすとかいろいろ読み方はある。 しかし、ちょっとこの高城智子というヒロイン、できすぎ。ほかの登場人物がバカか無能か悪かあるいはその組み合わせに見えるのである。実際この十年の日本経済・社会の動きを見ると一概にはこの作者の見方を否定できないのではあるが・・・。 |