感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005080002 中村文則 土の中の子供 2005 日本 新潮社

評者:発起人    評価:9   読了日:2005/08/04   公開日:2005/08/04

血の呪縛と戦う決意に感動 −第133回芥川賞受賞作

 

 タイトルを見て、また芥川賞受賞に関する報道などを読んで、うう、子供の頃に土の中に埋められた経験のある奴の話か?暗そうだな、いかにも芥川賞受賞作っぽいなと思って読み始めたのである。

 「私」(27)は、暴走族にわざと煙草の吸い殻を投げつけて、ボコボコにされる。マゾではない。苦痛の向こうに何があるのかを期待しているのである。

 タクシー運転手をしているが仕事にはほとんど身が入らない。他人に興味をもつことができないし、人と持続した関係をもつこともできない。「私の中の意欲のようなものが、段々となくなっている」(p26)。「死にたいなどと、思ってはいない。だが、自分が何かに惹かれているような気がする。」(p26)

 「私」は実の親(記憶にはない)に捨てられた。「遠い親戚の家」では虐待され、生きたまま土の中に埋められた。奇跡的な脱出後は施設に保護された。施設にいたトクは言っていた:「不幸な立場が不幸な人間を生むなんて、そんな公式(彼は時々、奇妙な言葉の使い方をした)、俺は認めないぞ、それじゃあ、あいつらの思う通りじゃないか」(p68)。

 「私」の部屋には逃げられた男の子どもを死産してから不感症になった白湯子という女がいる。白湯子はアルコール漬けでしばしば問題を起こす。

 白湯子は言う:「でも、そうなったら素敵だと思わない?そのネズミ(=集団自殺するネズミ)みたいに、日本中の若い人の全部がダメになっていくのよ。ダメな方へ、全員が次々と墜落していくの。そうなったら面白いよね」(p16)白湯子の母親はダメな父親にしがみついていた。それなのに白湯子は「嫌になるくらい母親に似てる。変えようとすればするほど、逆に似てくるのよ。」(p30)「お腹の中にね、固まりがあるような気がするのよ。あいつらの遺伝子みたいなのが、そこに住んでるみたいに感じるのよ。」(p32)

 「私」とは状況は違うが、いわゆるアダルト・チルドレンとレッテルを貼られるたぐいの人格である。

 「私」は、高いところから物を落とすのが好きである。自らを落とす寸前にまでいったこともある。運が悪いのかタクシー強盗の被害にあったりもする。

 そんな「私」に実の父親が生きていたという連絡が入る。

 「私」は、回想する。土の中から出てきたとき暗闇で遭遇した野犬に向かって子供の「私」は叫んだのだった。

「あの時、私は犬に向かって叫んだのではなかった。犬の向こう側にあるもの、私を痛めつけた彼らの、さらに向こう側にあるもの、この世界の、目に見えない暗闇の奥に確かに存在する、暴力的に人間や生物を支配しようとする運命というものに対して、そして、力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか。言うことを聞くつもりはない。私は自由に、自分に降りかかる全ての障害を、自分の手で叩き潰してやるのだ。」(p83)

 トラウマだとか、虐待の連鎖だとか、ひいては血の呪縛みたいなことをテーマにして、しかもそれをネタにしている質の悪いしかし巷にあふれている類の小説 とは明らかに一線を画している。

 「宿命」に思考と行動で立ち向かう文学なのであった。

 久しぶりに芥川賞もいい作品を選んだと思う。著者の中村文則(なかむら・ふみのり、1977-)は愛知県生まれ、福島大学卒。今回が3度目の芥川賞候補で見事受賞。

 表題作のほかに「蜘蛛の声」を収録。 


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