感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005070005 市川拓司 いま、会いにゆきます 2003 日本 小学館

評者:発起人    評価:6   読了日:2005/07/15   公開日:2005/07/15

雨の季節に似合うヴォネガット風味の愛と死の物語

 

 2003年に刊行された市川拓司(いちかわ・たくじ、1962-)によるこの小説は100万部突破!2004年に公開された土井裕泰監督・竹内結子/中村獅童主演の映画も大ヒット!さらに今年7月からはTBS系でミムラ/成宮寛貴主演で連続ドラマ化!Googleで検索してみるとなんと135万件もヒット!

 すばらしい。

 天邪鬼でへそ曲がりの私もこの快挙を素直に喜びたい。

 テーマは愛と死そして癒し・救済である。サブ・テーマは(多分)パニック障害などの「不具合」である。隠れたテーマは実は作者の奥さん自慢である?

 愛する妻、澪(みお)が「ぼく」(秋穂巧、あいお・たくみ)と一人息子の祐司を残してこの世を去ってから1年が経とうとしていた。

 「ぼく」は「様々な不具合」を抱えている。「それはつまるところ、ぼくをつくり上げるために用意された設計図にミスがあったのだということ。」「ぼくは記憶力が弱い。」(p10)「ぼくは、バスや電車に乗ることができない。」(p42)「ぼくは大勢の人間がいる場所で、誰もが黙ってなくちゃいけない状況になると、大声でしゃべりだしたくなるというやっかいな癖を抱えている。」(p44)

 澪が死ぬ前に言い残したのは、

『またこの雨の季節になったら、二人がどんなふうに暮らしているのか、きっと確かめに戻ってくるから』(p67)。

 そしてある雨の日、澪は約束どおり「死んだ人間が行く」「アーカイブ星」から「ぼく」と「祐司」のところへ帰ってきた。でも記憶喪失しているらしい。しかも雨の季節が終わったらまたこの世からいなくなるという。

 読者は、「ぼく」と澪の出会いから二人が愛し合うようになり、祐司を産み育てた記憶を追体験していくが・・・。

 あー、これだけでもう涙腺弛緩している方々は条件反射的にウルウルしてしまうのだろうか。じっくりゆっくり味わってお読みください。死者が「期間限定」で戻ってくるという設定や、この小説全体の仕掛けも平凡と言えば平凡だが、それだけに強い訴求力を持っている。

 さて、話題は変わるが、この小説においてもっとも重要な作家は、カート・ヴォネガット(1922-)である。

 「ぼく」は澪のことを小説に書こうとしていたのだが、「大好きな作家、ジョン・アーヴィングや、彼に文章の書き方を教えたSF作家、カート・ヴォネガットの小説を頭に思い浮かべ、それを参考にしながら書いていった。」(p47)

「ヴォネガットも、あっちに行った人々は自分の好きな年齢を選べるんだと言っている。

『ジェイルバード』という小説の中に出てくる彼の父親は、天国では9歳になっている。・・・」(p82)

 澪との2回目のデート(どちらも大学1年生)では、待ち合わせ前に「ぼく」は『タイタンの妖女』の「3度目の読み返し」をしている。

 いやなによりもこの作品の文体自体、ヴォネガットを模倣しているのだが、作者はそれを見せつけていると言っていい。私もひさびさにヴォネガットを何か読んでみたくなった。

 ほかには祐司が好きなミヒャエル・エンデとか、アラン・シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』とか、私・発起人が現在挑戦中のプルーストなどが「登場」する。(プルーストの場合は、登場人物のひとり、「ノンブル先生」のセリフ、「20世紀最高の文学のひとつと言われた小説も、つまるところは幼い頃の記憶を手繰り寄せることから始まったのだからね」(p22)とある。)


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