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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005070004 金賛汀(キム・チャンジョン) 拉致 −国家犯罪の構図 2005 日本 ちくま新書

評者:発起人    評価:6   読了日:2005/07/14   公開日:2005/07/14

同じ穴のムジナにならないために

 

 もともとは在日の北朝鮮系の人たちが作る朝鮮総連傘下の雑誌編集部に勤務していたこともあるという金賛汀(キム・チャンジョン、1937-)が北朝鮮による日本人拉致問題について書いた本である。

 私自身は拉致問題に関連する本を読むのははじめてである。新聞やテレビ報道で知る限り、現実に苦しむ被害者や家族の気持ちに同情はしてもだからといってこの問題にだけこだわりすぎるのはどうかと漠然と思っていた。

 北朝鮮による拉致を批判する人たちが同様の基準ですべての国家犯罪を批判しているかというとそうでもないと思うからである。

 またこれは私が考えることではないが、現実政治上も、拉致問題の過度の強調は必ず日本が朝鮮半島を植民地として支配していた時代の蛮行の数々を浮かび上がらせずにはおかないので得策ではないのだろう。おそらく同じ理由から小泉政権も、また米国なども拉致問題を理由にした経済制裁には慎重である。

 著者は「北朝鮮バッシング」とも言える風潮が煽り立てられ、それは「未来への展望がなく、暴力的な風景に見える。」(p012)「在日朝鮮・韓国人であれば、韓国系であろうが北朝鮮系であろうがお構いなしに民族的な糾弾を行うような社会的雰囲気が醸し出されていた。」(同)と言う。

 こういうことが事実であればたしかに未来が無い八つ当たりのような雰囲気が日本社会に出来上がっているということである。

 著者は北朝鮮による日本人拉致という国家犯罪がどのようにしてどういう理由で実行されたのかを自らの体験や取材・報道、韓国での裁判記録などから記述している。著者によれば偶発的な拉致は別として、韓国へ浸透するための工作員の教育係として、また日本人名義パスポートを入手するために日本人の拉致が行われたのだという。

 そしてそれ以外には日本人を拉致する合理的理由はなく、1977年ごろから1985年ごろまでがその時期であったという。なぜ1985年以降は止まったのかはよくわからなかったが・・・。

 しかし今明らかになっている事実はおそらく事実のすべてではないだろう。北朝鮮は情報公開とは程遠い国家体制だからである。また著者の視点は北朝鮮為政者からの視点に重きを置きすぎているという批判も可能で ある。

 うーむ、話がややこしくなってきたな。私には真偽を判定する能力はないし、時間をつかってこの問題を掘り下げる気持ちもないが、拉致問題に関心あってもなくても、またこの本に限らず、今の世に生きる限り一冊ぐらい読んでみようと思ってたまたま手にとったのがこの本だったのである。

 あまねく人権・自由・民主主義を支持するという態度を堅持しないと、つまり日本人の拉致も朝鮮人・中国人の拉致や強制連行も批判するという態度を貫かない限り、同じ穴のムジナになってしまう危険性があるということはよくわかった。


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