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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005070002 | コーネル・ウールリッチ | 黒い天使 | 1943 | アメリカ | ハヤカワ・ミステリ文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2005/07/06 公開日:2005/07/06
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美しい若妻が夫の無実を晴らすためにニューヨークじゅうを奔走
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サスペンスの名手として知られるコーネル・ウールリッチ(1903-68)が1943年に発表した作品。このハヤカワ文庫版は黒原敏行(くろはら・としゆき、1957-)による新訳である。 旧訳を読んだことがあるわけではないが、字も大きくなって古い翻訳本にありがちな、意味を立ち止まって考えるような箇所も、思わず爆笑・失笑してしまうような表現もなく、いかに翻訳が大切なものかよく理解できる。早川書房や東京創元社をはじめ珍訳を大量に残している出版社はぜひこの本のような新訳を出す努力をいっそう続けて欲しいと思う。 「わたし」(アルバータ・マレー、旧姓フレンチ)は夫のカークから”天使の顔”(エンジェル・フェイス)と呼ばれていた。「でも突然、そういうことがなくなった。」(p5)それどころか、知らない間にスーツがクリーニングに出され、「出張用の旅行鞄」が荷造りが完了した状態で残されていた。夫は駆落ちでも計画しているのか。 ある手がかりからカークの浮気相手だと当たりをつけた女優のミア・マーサーの部屋を捜し出し、入り込んだ「わたし」が発見したのはミアの死体だった。 カークが逮捕され、弁護もむなしく死刑判決を受けてしまう。 夫の無実を信じた「わたし」はミアの部屋で発見した住所録のMの欄に残された、真犯人と思しき4人の人物、マーティー、モーダント、メイソンそしてマッキーを見つけ出し、死刑囚の妻であることを隠して接近する。 この4人の人物がいる世界は千差万別である。同じニューヨークなのに天と地ほども離れた境遇で4人は生きている。「わたし」は危険をものともせず、それぞれの世界に入り込み、真犯人を見つけ出そうとする。 途中で、おい、カークのこと忘れてないか、なんかけっこうあんたも楽しんでるんじゃないかとか、ちょっとそれはやばすぎないかなどと半畳を入れたくなる場面も多いし、そもそもなんでこの4人の中に犯人がいるのかが不明であるなどという小さくない欠点もある。 またミア殺しの真相はあまり後味がよくないものでもある。 しかしそのような欠点を消し去ってしまうほどこの「わたし」による犯人捜しの旅がそしてその心理が作者一流の悲哀感を伴った文章で描かれているので、『幻の女』(1942)ほどの緊張感はないがなかなか楽しめる作品になっている。 じっくりと表現を味わって読むべきである。 たとえば、今ならバーコード・ヘア(ハゲ?)などと一言で言ってしまうのを、 「髪は黒いが、薄毛のなかでもいちばん人から不評を買うタイプの髪型をしている。つまり、片側の髪を反対側へまっすぐに梳かしつけて、隠しきれないピンク色の地肌と髪の毛で縞模様をつくる哀れな髪型だ。」(p144)などと「わたし」は言っているが、なかなか味があるではないか。 |