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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005060009 庄野潤三 夕べの雲 1965 日本 講談社文芸文庫

評者:発起人    評価:9   読了日:2005/06/29   公開日:2005/06/30

静かで幸せな家族を詩情豊かに描いた傑作

 

 大浦一家が「この多摩丘陵のひとつである丘の上の家」に引っ越してきたのは二年前の四月のことだった。大浦はどうやら作家らしく、「細君」と長女の晴子(高2)、長男の安雄(中1)、次男の正次郎(小3)の5人家族である。

 この家の回りの風や雨や雷、木や草花や出没する生き物のこと、食べ物、子どもたちの遊びや学校での出来事、テレビ番組、変貌する丘や山の姿のことが淡々と何ともいえない詩情と静けさ、ユーモアとともに語られる。

 夕べの雲を見ながら帰りたくなるような家族の絆と少なくとも大浦の充足感が感じ取れる作品である。

 作者の想いがこの家を離れる場合でもそれはたとえばの家の前に住んでいた練馬の家のこと、大阪の実家にいる年老いた母や近くに住む兄などほとんどが家族のことである。あるいは大浦の子供時代の思い出である。丘の上の家の回りに住み生活をする人たちも大浦の家族とのかかわりで描かれる。

 こう書くと日常茶飯事を描いたつまらない小説のように受け取られるかもしれないが、どこかこの作者の視線は突き抜けている。この作者にあっては「社会」とか「政治」とか「経済」といったものは存在しないに等しい。いやむしろそうした関わりから超然としていることを自らの生き方として選んでいる、それに満足しているというところがあるように思える。

 こうしたあり方は実は日本近代文学の主流として脈々と流れているものなのかもしれないが、もちろん私には文学史上のこの作者の位置はわからない。この講談社文芸文庫版の「作家案内」(助川徳是・文芸文庫の会?)によれば「六五年(昭40)、アメリカから帰国したばかりの江藤淳が、『夕べの雲』を「治者の文学」として高く評価し、積極的に支持したこともあって、・・・第三の新人(と言われてたんですね)の文学を、現代文学の正当として認定し、その中に庄野を位置づけることになってゆく」そうである。

 そんな作家ばかりだと世の小説は面白くなくなるかもしれないが、このような小説が(私の目には)少なく感じられる現代にあっては貴重な作品であるような気もする。

 私が小学校に入学したのはちょうどこの小説が『日本経済新聞』の夕刊に連載されていた1964年であったので、大浦の子どもたちの気持ちも年代的によく感じ取れるところも多い。

 庄野潤三(しょうの・じゅんぞう、1921-)はこの作品で読売文学賞を受賞した。


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