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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005060005 | マイクル・クライトン | ロスト・ワールド −ジュラシック・パーク 2 | 1995 | アメリカ | ハヤカワ文庫NV |
評者:発起人 評価:8 読了日:2005/06/07 公開日:2005/06/07
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遺棄された恐竜たちは独自の「進化」を遂げていた!
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マイクル・クライトン(1942-)が1995年に発表したこの作品、邦訳(酒井昭伸)ではジュラシック・パーク 2という副題がつけられているが、原題はTHE LOST WORLDであり、この題名はもちろんコナン・ドイル(1859-1930)が1912年に発表した名作(邦題は『失われた世界』)からとられている。 前作『ジュラシック・パーク』(1990)は最近映画『宇宙戦争』のキャンペーンのために日本に立ち寄り、小泉首相とも会談、われらが首相の映画通ぶりを賞賛したという、スティーヴン・スピルバーグ監督が1993年に映画化し大ヒットした。さらに同監督は1997年に『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』という映画を作っている。しかし、これが本書を原作としているのかは映画についてはとんと知見のない私にはよくわからない。 2001年には『ジュラシック・パークV』という映画が作られたが、このときはスピルバーグは製作総指揮というクレジットになっていて、原作はクライトンなのだがとくにこの映画に対応する小説というのはないようなのである。さらにさらに、2006年に公開予定『ジュラシック・パークW』でもクライトンは『V』と同様キャラ提供にとどまることになるようである。 さて、本作では『ジュラシック・パーク』に登場した人物は数学者のイアン・マルカムを例外としてほとんど登場していない。しかもマルカムも前作での破滅的な事件の記憶は持っていないのである。前作を1996年に読んだ私にもとんと記憶は残っていないのであるが、この本もさまざまな素材が贅沢に、しかも映像化されたときにどうなるかという効果をあらかじめ読みきった上で書かれているため前作の記憶なしでも十分に楽しめる。 コスタリカの沖合に浮かぶ無人島に恐竜が生息しているらしいという噂を確かめるためにこの島の探索を思いついた古生物学者のリチャード・レヴィンは十分な準備なしに島に上陸するが行方不明になってしまう。 数学者のマルカム、以前からレヴィンと協力して野外調査用の特別仕様エクスプローラーとトレーラーを作っていた応用工学者のジャック・ソーンと助手のエディ・カー、そしてアフリカで野生生物を観察している動物行動学者のサラ・ハーディングが無線連絡を受けてこの島に向かう。 レヴィンたちの動きを探偵を使って探っていた製薬会社バイオシン社の産業スパイ担当の幹部ルイス・ドジスン(ん?この学者くずれは前作にも登場していたか)も部下・協力者とこの驚くべき島をめざす。 そしてレヴィンがスピード違反の罰としてボランティアで授業を受け持っている中学校の生徒、ケリー・カーティス(13歳、♀)とアービー・ベントン(♂、飛び級したので11歳の黒人少年)もこの島に紛れ込む。 かれらがそこで見たものは、遺伝子工学によってよみがえらせた恐竜たちが遺棄され自生している姿だった。 いわゆる複雑系の理論や進化論・生化学の近年の学問的成果、コンピュータやネットワーク技術の進展などが惜しげもなく取り入れられていて、読者の知的関心をそそる。 しかし圧巻はやはりおなじみのティラノサウルスや集団で狩りを行う凶暴でずるがしこいヴェロキラプトルなど恐竜との無人島での追跡劇であり、恐竜の襲撃からの防御である。最後はやはりアクションなのである。 この小説では、ゴタクを並べるだけでいっこうに行動力のないレヴィンやマルカムは情けなくなるほどかっこ悪い。(かれらがいなければたしかに学問的な説明は不十分になるだろうが。) 対照的にサラが強い行動力・決断力で危機を救っていく。 エンターテインメントのあらゆる要素が入念に配置された傑作であるが、同時に米国エンターテインメント産業の弱肉強食ぶりも恐竜の恐怖以上に実感できる作品でもある。 |