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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005050005 | 浅暮三文 | 石の中の蜘蛛 | 2002 | 日本 | 集英社文庫 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2005/05/12 公開日:2005/05/12
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「音」で謎に迫る男のシュールな世界−志高い傑作
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「音」が目に見えたり、触覚で感じられたら世界はどうなるだろうか。 楽器修理を営む主人公の立花は聴覚が異常に鋭敏になる。もちろん楽器修理を仕事にしているわけだからもともと耳はいいのだが、引越し先のマンションの一室を見た帰りに謎の白いセダンにひき逃げされたあとでは、あらゆる音により鋭敏になり、内耳が物で触れられる感覚を体験し、音が色彩と形状を持って目に見えるようになる。 不動産屋の話によるとこの部屋の前の住人である若い女は失踪したのだという。立花はこの部屋に住み始めると、失踪した女の痕跡を捜し始める。ただひとつ残された手がかりである中が空洞になっている石とより鋭敏になった聴覚で過去の音の名残りを聴くことによってである。 立花には女がまるで自分の今までの人生で体験したのと同じようにそして「石の中の蜘蛛」のように閉じ込められてどこかへ脱出しようとしてもがいているように感じる。女は助けを求めているのだ。 いったい過去の音の痕跡を手がかりにどうやって女を捜すのか?いくら音に敏感になったからといって、これは無理があるんじゃないのかと思って読み進むと、ひとつは作者による丹念な音の文章化によって、もうひとつはパソコンや音楽ソフトを使って立花が過去の音を採集するといういわば理論化によって次第に不自然に思えなくなってくるのである。 女の輪郭が明らかになってくる。女は現実のものとなり始める。立花の追跡の途上では殺人も発生する。同時に立花の視覚世界は聴覚によって浸食を受け始め、読者もともに抽象絵画のような世界を体験するのである。はたして女の行方は突き止められるのか? 浅暮三文(あさぐれ・みつふみ、1959-)は日本推理作家協会賞受賞作である本書で、非常に志の高い試みに挑戦していると思う。今まで(おそらく)この作品のようなアイデアを推理小説(ハードボイルドか?)の世界で試した人はいないのではないか?しかし手法やアイデアの斬新さと小説との面白さは往々にして相反するものである。あるいは融和しにくいと言うべきか。 |