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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005050004 | 内田康夫 | 本因坊殺人事件 | 1981 | 日本 | 角川文庫 |
評者:発起人 評価:3 読了日:2005/05/10 公開日:2005/05/10
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囲碁の世界を舞台に描く連続殺人事件−内田康夫人気の謎は深まるばかり
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小説は世の中のことすべてを描く対象にしている。 したがって、囲碁の世界も当然小説の対象となる。また言うまでもなく殺人は小説の古くからのテーマである。しかし囲碁の世界のアクセサリーとして殺人を描くのか、それとも殺人の付属物として囲碁の世界を選ぶのか。これはひとつの問題ではある。 またどちらかがうまく描けていればワンポイントのアクセサリーとしてもう一方も輝くのだろうが、当代有数の人気作家、内田康夫(うちだ・やすお、1934-)が1981年に発表したこの長編第二作『本因坊殺人事件』の場合、本人も相当の打ち手であるらしい囲碁の世界を背景に連続殺人事件を描いた作品なのだが、少なくとも殺人のほうは成功しているとは思えなかったのである。 本作ではまだ浅見光彦は登場せず、探偵役は青年棋士・浦上彰夫(29)と大東新聞のベテラン観戦記者・近江俊介(たぶん50歳代)である。 冒頭、伊豆半島西部の断崖で男の死体が発見される。しかしこの伊豆の死体の謎解明はしばらくおあずけとなり、囲碁のタイトル戦のひとつ、「天棋戦」で高村秀道・本因坊(兼)天棋に挑戦する浦上八段の勝負が宮城県・鳴子温泉で行われる場面に移動する。 高村本因坊は初日の昼休みまでは順調だったが、その後、不自然な長考(91分)のあと、結局2日目に浦上八段に破れ、タイトルを失うまで不調な打ち方であった。そして、2日目の勝負がついたあと、高村本因坊は行方不明となり、荒雄湖で死体で発見される。 手がかりのないまま捜査は難航するが、今度はこの天棋戦で記録係を務めた新宮三段が奥多摩にかかる高い橋の下で死体となって発見される・・・。浦上八段と近江はおたがいに補うようにして謎の解明に動くのだが・・・。 大東新聞主催の天棋戦をJ新聞が横取りする策謀と背後で暗躍する囲碁界の後援者のひとりでもある政治家・牧野。浦上八段がかつて内弟子として師事し、現在は棋士団体の常務理事でもある瀬川九段の娘・礼子との結婚は?天棋戦の棋譜に秘められたメッセージとは? ・・・そして、事件は解決するのだが・・・しばらくは声も出ない真相であった! どうしても二時間ドラマを思い描いてしまうのだが、これは安易にこの作家の作品を二時間ドラマにしてしまうテレビ局のせいである。 しかし、より根本的にはどうしてこの作家の作品はこんなに人気があるのかという謎に行き着くのである。この作品が発表された時点では内田康夫は無名の作家であったらしいが、本因坊殺人事件の謎は解けても内田康夫人気の謎は深まるばかりである。 ちなみに、本因坊とは、「棋聖・名人と並ぶ囲碁界三大タイトルのひとつ」。「もともとは江戸幕府の碁所、つまり碁の家元の称号で、京都寂光寺の塔頭(たっちゅう)本因坊の住職だった算砂(さんしゃ、1558-1623)という人が興したところから名づけられた。本因坊家は永らく世襲制をとっていたが、昭和十四年(1939)に第二十一代本因坊秀哉が引退したあと日本棋院に引き渡され、本因坊戦の勝者に与えられることになった。だから、現在では一人の棋士が棋聖、名人などと本因坊を兼ねることもある。」(以上、1985年の角川文庫版の郷原宏の「解説」から引用) |