感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005050003 村上龍 半島を出よ 2005 日本 幻冬舎

評者:発起人    評価:7   読了日:2005/05/09   公開日:2005/05/09

北朝鮮コマンドが福岡を占拠!−村上龍が大胆かつ細心に描く近未来日本の危機

 

 小説は世の中のことすべてを描く対象にしている。しかしそのような全体志向は世の中が複雑怪奇になり、普通に生きているだけではその仕組みどころか事実でさえ確定しにくい現代(日本)社会ではたいへん困難な試みとならざるをえない。

 あえてその困難な試みに挑戦したという点でこの村上龍(むらかみ・りゅう、1952-)の最新作はまず称賛されるべきである。

 舞台は現在よりさらに経済が悪化し外交的にも孤立を深めている近未来日本(2011年)。プロ野球パリーグの開幕戦が行われている福岡ドームに九人の北朝鮮コマンドが侵入、三万人の観客を人質に取る。日本政府がほとんど対応できない間に2時間後さらに500人の特殊部隊中隊が福岡に飛来、「シーホークホテル」周辺を占拠する。

 高麗(コリョ)遠征軍を名乗り北朝鮮の反乱部隊であると自己規定したかれらに対し日本政府はなすすべもなく、単に福岡・九州を封鎖するという対応しかとれなかった。コリョ遠征軍は容赦のない武力とたくみな統治術を駆使し、後続する十二万人の「反乱」部隊受け入れのための準備をすすめる。

 いっぽう、同じ福岡の埋立地の遺棄された倉庫で、イシハラ(49)というカリスマ的人物のまわりに、過去殺人事件の加害者や関係者であった少年たちが集まってグループを作っていた。 少年たちは世の中の多数派から排除されて居場所がない。少年たちはイシハラに触発され、コリョを殲滅すべき敵だとみなして大規模な作戦を計画・実行しようとするが・・・。

 作者の視点は複眼的である。語り手は章によって異なる:

 ノブエ(イシハラの親友、川崎のホームレス♂、55)→パク・ヨンス(北朝鮮の日本専門家)→鈴木憲和(内閣情報調査室)→タテノ(イシハラグループ、16)→ハン・スンジン(北朝鮮コマンド・高麗遠征軍司令官、39)→チャン・ボンス(北朝鮮コマンド、29)→キム・ハッス(同上、37)→河合英明(内閣情報調査室)→ヤマダ(イシハラグループ、17)→パク・ミョン(北朝鮮コマンド、29)→山際清孝(内閣官房副長官)→横川茂人(西日本新聞社記者)→チェ・ヒョイル(北朝鮮コマンド、30)、とここで上巻は終わり。

 モリ(イシハラグループ、17)→甲斐智則(総務省局長)→チョ・スリョン(北朝鮮コマンド、33)→黒田元治(医師)→シノハラ(イシハラグループ、18)→尾上知加子(福岡市役所)→ヒノ(イシハラグループ、18)→キム・ヒャンモク(北朝鮮コマンド♀、27)→三条政洋(赤坂のバー店主)→世良木容子(医師)→イワガキ(中学生)が下巻。

 北朝鮮「反乱軍」の福岡占領という事態をさまざまな角度から照射し、世界を多次元的に浮かび上がらせたのである。また、北朝鮮問題だけではなく、政治・経済・軍事・外交・少年犯罪・地方・住基ネット・メディアから毒物・武器・爆発物にいたるまでの種々の知識が散りばめられているという点も この小説の読みどころだ。

 もちろん軍事サスペンス的な要素を純粋にエンターテインメントとして楽しむこともできる。

 さて、しかし、24人の語り手とそれに数倍する登場人物を配しても全体の語り手は当然のことながら村上龍なのである。巻末に参考文献、ウェブサイトの長大なリストが掲げられていても、基本的な視点はこの作家のものであるはずだ。

 その視点とは何か?ところがこれが私にははっきり見えなかったのである。さまざまなエピソードがとくに金融・軍事・政治関連ではどこかで聞いたり読んだりしたような話ばかりのような気もする。先鋭 なアナーキズムやエロティシズムが影をひそめ最大公約数的で無難な記述が目につく。資料をそのまま並べて書いたような荒い箇所も多い。

 作家の島田雅彦が朝日新聞の文芸時評で、村上龍は現代の司馬遼太郎だみたいなことを 書いていたが、「努力の人」(山田詠美)は新境地を開いたのか。それとも衰退しているのか。 あるいはもともとこうだったのか。時代と読者のほんの一歩先を行くというマーケティングか。


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