感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005040010 村上春樹 螢・納屋を焼く・その他の短編 1984 日本 新潮文庫

評者:発起人    評価:8   読了日:2005/04/20   公開日:2005/04/20

村上春樹人気の秘密に迫る?−「でもそんなのは結局のところどうでもいいことだ。」(p10-11)

 

 今や日本での圧倒的人気に加えて海外でも評価の高い村上春樹(むらかみ・はるき、1949-)が1984年に出した短編集。この作家が1979年に『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビューし、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で読者層を広げる(私でさえ読みました)前年に出版されたことになる。

 『ノルウェイの森』(1987)が空前のベストセラーとなったとき私の会社の上司でさえ読んでいるという状態になったのだが、不思議に思えるのはこの作家がその後も活字離れが進んでいると言われて久しい若い読者を獲得し続けているらしいということである。

 なぜか?この短編集にヒントはあったか?

 ひとつは短く透明感のある文体のために違いない。

 語り手はいずれも著者の人生の一時期を思わせる「僕」である。「僕」は音楽を聴き、食事をし、「女の子」と寝たり、友だちと話したり、夢を見たりするのである。そこで「僕」が感じることの多くは言葉で表現するのが難しい。言葉にした瞬間に違和感を感じさせる微妙なものである。そこを村上春樹はすくい取ろうとする。その技術が卓越していて、しかも時代の感情に合っていたということか。

 すでに「僕」の世界では社会だとか政治とか経済とかいったものは「どうでもいいことだ」。たしかに村上春樹がデビューした時点でも、そして現在ではいっそう、しかも少なくとも先進国では共通してそうなっているのである。

 考えてみると、アメリカでは村上春樹のずっと前からこのような時代のムードがあった。つまり「豊かな社会」の中では若者たちの関心は政治などに向いたりしないのである。いやむしろ若者が政治化するのは長い歴史の中ではほんの一瞬であるということかもしれない。

 自分の体験(これは意識内での体験も含む)を素材にして、組み合わせ、変形させて、他の作家では表現不可能なものをすくい取る技術に卓越している?つまりそれはすぐれた小説家の才能である。

 ・・・などとぶつぶつ言いながら読むのは私個人の屈折のためであって、愛読者は純粋にこの「村上ワールド」を楽しんでいるのであろう。もちろん愛読者でない人もこの質の高い短編のひとつひとつをじっくり味わえることはほぼ確実である。


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