感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005040007 高橋哲哉 靖国問題 2005 日本 ちくま新書

評者:発起人    評価:8   読了日:2005/04/14   公開日:2005/04/14

靖国問題を哲学的に解明する試み−「感情の錬金術」に騙されたふりをしていないか?

 

 東大大学院総合文化研究科教授で哲学者である高橋哲哉(たかはし・てつや、1956-)による「靖国問題とはどのような問題であるのか、どのような道筋で考えていけばよいのかを論理的に明らかにすること」(p008)を目指した本。

 小泉首相の靖国神社参拝が中国や韓国との間で、また国内でも政教分離を定めた憲法との関連で政治問題になっていることぐらいはニュースで知っていてもこの問題の根本はどこにあるかという点については私も深く考えたことはなかった。

 著者は、さまざまなレベルから靖国神社をめぐる対立(論争)点を分析し、著者の見解を提示している。またたとえば(私はあいまいにしか知らなかったが)靖国神社には「天皇の軍隊」に背いて戦った戦没者は外国人はもとより、日本人でも(たとえば西南戦争の西郷軍側や戊辰戦争の会津藩側)合祀されていないというような事実もこの本で確認できた。

 同じ哲学者でも最近読んだ中島義道(なかじま・よしみち、1946-)とは大違いで、これはおそらく哲学に関する両者の考え方の違いか、あるいは高橋哲哉のほうが近頃人材払拭気味の左翼学者文化人のスター的存在になってきていて専門分野以外でも論陣を張らざるをえなくなっているのか。その両方か。

 さて、私の感想としては著者の分析と見解はもっともであると思われる。現在の政治状況を見るとまったく現実的とは思えない見解だが、それも「哲学者」らしくていいではないか。いやむしろこのような根源的議論を避けてきたつけが回って現在のような八方塞り状況を作り出してきたと言える。

 しかし、どうして多くの日本人はこのようにいかに「感情の錬金術」があるとは言え、靖国神社のような戦争遂行のための装置に巻き込まれてしまったのか?また現在でもすくなくとも一般社会ではこの問題を語ることさえタブーになりつつあるような状況になってしまったのか?あまりにも簡単すぎないか?

 実は日本社会のあらゆる組織・場面でこのような「感情の錬金術」に騙されたふりをする自己欺瞞がある(あった)のではないだろうか?大勢や権力にひれ伏してしまう保身の行動がある(あった)のではないだろうか?それは私だけだろうか?外国ではどうなのだろうか?もう少しこの点に鋭い切り込みが欲しかった。

 他の著作でこうした問題について著者は論究しているのかもしれないので(高橋哲哉ははじめて読んだ)別の本も読んでみたいと思う。


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