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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005030005 | マイクル・コナリー | ラスト・コヨーテ | 1995 | アメリカ | 扶桑社ミステリー |
評者:発起人 評価:6 読了日:2005/03/19 公開日:2005/03/19
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倫理感の強いLAの一匹狼刑事が自身の母親殺しの犯人に挑む
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舞台はロサンジェルス(LA)である。ハリウッド署殺人課刑事のハリー(ヒエロニムス)・ボッシュは四十前後。一匹狼(まあ本書に即して言えば一匹コヨーテか)であり、世間体や上(権力)を気にするロス市警(LAPD)では問題児(中年)である。 マイクル・コナリー(1956-)の手によるこのボッシュ・シリーズの第4作である本書でも、彼は官僚的上司であるハーヴェイ・パウンズと衝突してバッジを取り上げられ、精神科医カーメン・イノーホスによるコンサルティングを受けることを命じられている身である。 そうでなくても犯罪の巣窟のようなLAは1994年の大地震でさらに荒廃し、ボッシュの家も損害を受け市当局から危険建築物として立ち退きを命じられている。(この地震、翌年の阪神大震災のためか大方の日本人の記憶からは消えてしまってますね。) そのボッシュが今回この「休暇」を利用して挑むのは、彼の母親であり、娼婦であったマージョリー・ロウが1961年、彼が11歳のときに殺された未解決事件である。このトラウマをかかえたボッシュにとってどうしても自ら解決しなければならない事件なのであった。 「どんな人間でも価値がある。さもなければ、だれも価値がない。」というボッシュの世界観というかキメゼリフは常に動揺と逡巡、怒りと自己破壊衝動の中で実証されなければならないのである。 これはボッシュにとっては苦難の道であるが、言わば自分のアイデンティティを確立する唯一の道なのである。 古い書類・証拠、そして当時の捜査関係者をたどってボッシュは犯人に肉薄するが、逆に敵から反撃される。ボッシュは真相を明らかにできるのか? LAPD(ロス市警)と言えば、そして自身の母親が殺された事件を背負っていると言えばジェームズ・エルロイである。このマジで超ヘヴィー級のトラウマを抱えながら創作を続けているエルロイのいわゆるLA四部作のあとでこの本は出版されている。エルロイを読んだあとではこのマイクル・コナリーの秀作も軽く明るく読めてしまうのも仕方はないか。 ところで、Michaelはコナリーやクライトンの場合はマイクルと表記されているが幼児への性虐待で裁判が行われている歌手のジャクソンやブッシュ大統領と闘っている(?)映画監督のムーア、バスケットのジョーダンなどはマイケルが普通である。その名もずばりマイケルという意味不明のタレントもいるが、今日はこれでおしマイケル! |