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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2005020005 | 木原武一 | 天才の勉強術 | 1994 | 日本 | 新潮選書 |
評者:発起人 評価:5 読了日:2005/02/10 公開日:2005/02/10
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凡才のための天才論−「文筆業」における伝記作者の地位
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小学生のころはときどき伝記を読んだ。もちろん子供向けのものでエディソンとか豊田佐吉とか、ふーん、偉い人がいたんだなあ、でも僕はこんなになれないなあなどと感じたことを思い出す。 今日ご紹介する『天才の勉強術』(1994)は、まさに伝記である。登場するのは、モーツァルト、ニュートン、ゲーテ、ナポレオン、ダーウィン、チャーチル、ピカソ、チャップリンおよび平賀源内の9人である。一冊で9人分というお徳用伝記だ。 天才は勉強などを越えた天分の才があるから天才なのではないかという私などが普通考えていることとは違って、作者の木原武一(きはら・ぶいち、1941-)は天才は勉強によって作られるという。もちろん作者の言う「勉強」とは学校の勉強などの狭い意味での勉強ではない。 この基本的な視点に立って、取り上げている天才たちの「勉強」の才能をひとりにひとつづつ割り振っていく。たとえば、モーツァルトは模倣の天才であったとか、ニュートンは集中力の天才であったとか、まあ読んでいくとそういうものかそうですか、やっぱり偉かったんだねえとは思うのである。 しかし、小学生のときと同じようにやはりいや俺にはできない(かった)なとも思ってしまう。 それ以前にこの作者はいったい何者なのか、そんなに割り切って言ってしまえるお主は天才たちの陰に隠れていったい何がしたいのか?(小学生のときは伝記作者の名前などはぜんぜん気にならなかったのだが) というわけで作者がほかにどんな本を書いているのか国立国会図書館のウェブサイトで検索してみると、いろいろな翻訳書のほかに、『大人のための偉人伝』(1989)、その『続』(1991)とか、昔の偉大な人の人生や作品を要約して、現代に生きる凡人のために解説してくれていると思われる類の本が多い。 うう、題名を見ただけで、おいっ、そこな木原某!この『要約 世界文学全集』(1992)とは何かっ、拙者が時間をかけて苦労して読んだ(読めなかった)世界文学を要約するなどとは「リーダーズ・ダイジェスト」かおまえはっ?などと毒づきたくなる本もある。 視点を変えよう。この文章、つい最近読んだ人の文章に似ているなと思ったのである。ああ、そうだ、これはあの偉大なベストセラー、『頭がいい人、悪い人の話し方』(2004)を書いた樋口裕一の文体と似ている。どこが?つまり、私に感動は与えないが、反論は難しいという文体なのである。(おまけにどちらもPHPから出している本も多いな。) 樋口裕一の場合は、世の中はこういうものなのである、世間はこうであるという「常識」の陰に隠れて、そして木原武一の場合は「天才」の陰に隠れて読者の反論を不可能にしてしまうのである。 そういう意味で、読者ははあそうですか、でも何か違うなあこの違和感をうまく表現はできないがという気持ちを抱いたまま離れていくのである。こういう書き方は少なくとも文学・芸術ではないなどと憎まれ口をたたきながら、たぶん一生同じ作者の本は手に取らないだろうと思うのである。すくなくとも私はそうである。 しかし、凡人のゆえにか時間を作る才能のない私は、こんなことを言いながら、またこのような要約本を読んでしまうということは十分ありえる。 これこそがこの作者のマーケティング上の「ニッチ」なのであり、誰もが文学者になれるわけではないという当然の事実を踏まえると作者は私ごときに非難される言われはないのである。作者も好きで伝記や偉人伝や世界文学の要約を書いているのではないのであろう。 |