感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005020004 阿部和重 グランド・フィナーレ 2005 日本 講談社

評者:発起人    評価:8   読了日:2005/02/09   公開日:2005/02/09

切断された世界との関係性修復を志向する文学

 

 阿部和重(あべ・かずしげ、1968-)の第132回芥川賞受賞作。

 「わたし」(=沢見)は三十代半ばで高校卒業以来暮らしていた東京から故郷の山形県・神町(じんまち)につい最近戻ってきた無職の男である。

 その「わたし」が自分の一人娘の「ちーちゃん」にひと目会うため、彼女の八歳の誕生日(2002年10月29日)に、離婚され、近づくことさえ禁止されている元妻・佐央里の実家(東京・世田谷)を訪れる。

 物語を読み進むうちに「わたし」の独白、またかつての仲間で二十代半ばの美人、I(アイ)による「尋問」、同級生だった伊尻隼人による暴露によって、読者は「わたし」の正体を知るのである。

 つまり「わたし」は自他ともに認める最低の人間であり、弁解も、誤魔化す余地もない存在なのである。(どういう点で最低なのかは興味を削ぐと思われるのでここでは触れない。)

「何もかも終わった。逆転はあり得ないのだ。」(p67)

 この世界で「わたし」は生きていくことができない。

 なすすべもなく、再び神町に戻った「わたし」はしばらくブラブラしているが、そこで言わば最後のチャンスを与えられる。

 「わたし」は回復への手がかりをつかむことができるのか?それはどのようにして?

 もちろん実在の神町という場所と、作者が別の作品でも舞台にしているらしい「神町」は違う。そして虚構の「神町」という場所だけが「わたし」にチャンスと存在意義を与えてくれる。

 私(=発起人)は、この作家の他の作品を読んだことはないが、他の「神町」サーガを読みたくなってしまうのである。

 表題作のほか、「馬小屋の乙女」、「新宿ヨドバシカメラ」、「20世紀」が収められている。


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