感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005010008 小熊英二 <民主>と<愛国> 戦後日本のナショナリズムと公共性 2002 日本 新曜社

評者:発起人    評価:9   読了日:2005/01/20   公開日:2005/01/20

「戦後思想」の核心に迫った労作−新しい言葉を生みだすための準備の書

 

 私(発起人)の昨年12月からの枕頭の書、ついに読破!

 原稿用紙で2500枚という大作である。しかもこの本の「・・・主題は、「戦後」におけるナショナリズムや「公」(おおやけ)に関する言説を検証し、その変遷過程を明らかにすること・・・」(p11)にある。一介の小市民には重すぎるテーマではある。

 現在では、基本的に<民主>を強調するのは消滅寸前の進歩派・左派の側からが多く、<愛国>は隆盛を誇る保守派・右派の専売特許のように受け取られている。そして1990年ごろに始まり現在まで続く「第三の戦後」では、「戦後民主主義」(この言葉自体がはじめて使われたのは1960年前後からであったという)が最終的に葬り去られるべきものとして徹底的な批判に曝されている。

 こうした批判派の代表的存在である佐伯啓思や西尾幹二などの言説(を著者がまとめたところ)によれば、「戦後民主主義」は「「国家」を否定して「個人」を重視した世界市民思想であり、アメリカの影響をうけた「近代主義」「西洋主義」であり、共産主義への信仰を抱いており、大正教養主義の延長であった」(p15)ということになる。しかし、ほんとうにそうなのか?そうであればたとえば「アメリカの影響」と「共産主義」とはどう両立するのか?

 またそれ以前に、こうした「戦後民主主義」を批判した人たち、またそれを体現してきたと言われている人たちは、たとえば「市民」「民族」「国家」「近代」などの基本的な言葉をどのような意味で使っていたのか。

 この点での共通認識がないとすれば、「・・・こうした言葉の使用法が、いかなる変遷を経てきたのかの再検討」(p17)が必要である。本書は、したがって「・・・ものごとを論ずる回路を開くための基礎作業」(p17)である。

 こうして、著者の小熊英二(おぐま・えいじ、1962-)は、丸山眞男、大塚久雄、南原繁、竹内好、吉本隆明、江藤淳、鶴見俊輔、小田実などの知識人の言説と行動をつぶさに検証するだけではなく、「政治と文学」論争、「国民的歴史学運動」、六十年安保闘争、全共闘運動などにおける集団的な言説、それらを支えた心情の意味するものにも同様に詳細な検討を加える。

 特に著者が重要視しているように思われるのは戦争体験の影響である。戦争を人生の中のいつ、またどのようなかたちで体験したのかがそれぞれの思想家、そして全体としての日本人の心情・立場に多大な違いをもたらしてきた。そして各人によって表れ方は異なるが、「戦後思想」が共通して持っていたのは、戦争がもたらした死者たちの記憶、あらゆる悲惨・理不尽、そういう戦争を止めるためになんらの努力も抵抗もできなかったという屈辱・後ろめたさ(あるいは先行世代への反発)の記憶である。

 この体験が知識人や左派・進歩派の政治勢力と多数の国民との間で共有され、共感を持って受けとめられていた時代は、非常に単純化して言ってしまえば、<民主>と<愛国>の蜜月時代だった。

 それでは戦争体験が完全に風化し、声が大きいのは美化された英霊たちの「散華」、父なる国家という神話であるという現状でどのようにかつてのような<民主>と<愛国>との蜜月状態が取り戻せるのか?

 あるいは私たちは新しい言葉を生み出していくことが必要なのか?著者はこう述べている。

「・・・新しい時代にむけた言葉を生みだすことは、戦後思想が「民主」や「愛国」といった「ナショナリズム」の言葉で表現しようと試みてきた「名前のないもの」を言葉の表面的な相違をかきわけて受け止め、それに現代にふさわしいかたちを与える読みかえを行ってゆくことにほかならない。」(p829)

 この本全体が戦後の知識人や政治家たちの言動をも検証するものになっているということは特記すべきである。えっ、この人(政党)がこんなこと言ってたの?今と全然違うじゃないかと驚きの連続である。

 著者の書き方には繰り返しが多いが、幾重にも重ねて言説・事実を照射しようという努力の表れであると好意的に解釈したい。(なにしろ私もかなりの努力を払ってこの本を通読したのであるから、そうした自分を否定したくないという気持ちもあるが・・・。)

 ぜひ、本書の続編(1970年頃以降について)も書いて欲しいと思う。ただ、この6800円プラス税という価格はさておき、このデカさ・重さは再考してもらいたい。なお、この本は「大仏次郎論壇賞」、「毎日出版文化賞」、「日本社会学会奨励賞」を受賞している。


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