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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2005010006 遠藤周作 真昼の悪魔 1980 日本 新潮文庫

評者:発起人    評価:4   読了日:2005/01/15   公開日:2005/01/16

悪魔を主題としたカトリック的啓蒙小説?

 

 日本という非一神教的風土の中でのキリスト教への信仰の葛藤を描いた作家として知られている遠藤周作(えんどう・しゅうさく、1923-1996)は同時に自身を狐狸庵と称し、ユーモア小説やエッセイで人気を集めた。私の知る限り、TVコマーシャルなどに登場したハシリの作家の一人でもあった。

 シリアスな純文学者としての顔とより広い読者に訴える大衆文学者としての顔を使い分けていたようである。

 この作品は、最初1980年に「週刊新潮」に連載され、同年単行本として刊行されたものだから、広い読者を対象にしていたに違いない。

 それなのにこの作品のテーマはかなり重い上にキリスト教への信仰や理解無しにはあまり面白く読めないのである。残念っ♪

 大学生の難波は結核と診断され関東女子医大附属病院に入院する。主治医の浅川をはじめ、若く美しく知性あふれる女医四人(あとの三人は渡来=わたり、大河内、田上)を指導する吉田講師(男)が責任者の第三病棟である。

「・・・病棟づきの四人の女医さんはみな若く、可愛いか、奇麗か、魅力的なナオンちゃん(!ってこいつはいつの時代の学生だ?)で、それだけが慰めとなっている。・・・」(p27)と難波君は大学の友人に葉書で知らせている。

 しかし、そのうち、次々と奇怪で悪意に満ちた事件が発生する。父親の付き添いでよく病棟を訪れるという同年代の芳賀(はが)からの情報で難波はこの女医四人のなかに犯人がいると考え始める。

 物語は、この難波の視線での部分と、名前は最後まで明かされないがこの女医四人のうちのひとりの視線から描かれた部分が交錯して進行する。この女医は、ドストエフスキーの小説の主人公たちのように、退屈で白けきった世界で絶対的な悪を実行していくのである。

 おお、これはミステリ好きにはおなじみの叙述トリックか、映像化するときには犯人の女医の顔は出せないからどうするかなどと考えながら読み進めていったのだが・・・こ、これはっ!まじに悪魔の話だった?!

 ええっ?探偵役かと思っていた日本語に堪能な外国人の神父様は、悪魔崇拝の「黒ミサ」が行われていた場所を訪れたときに感じたという、「あの吐き気のするような感覚」で悪魔がわかった?

 これじゃほんとに「エクソシスト」だ!

「神父さま。悪って何でしょうか。」とこの女医は尋ねる。

「悪とは愛のないことです。」(p122)と神父は答える。

 そういう言い方をされるとなあ、と私は女医でも悪魔でもない(と思う)が白けるのである。魔女狩りに通じるような偏狭な考え方が生のままで提示されていることに唖然としてしまったのである。 


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